事例1 『私と師匠とゾフィ』‐4
まさしく神業だった。完璧で模範的すぎる浄化の一部始終に、私は度肝を抜かれていた。
これが魔法の極致。最強の死霊術師のなせることか。すさまじいものを間近で見て鳥肌が止まらなくなる。
「じゃあ帰りましょう、アンネ」
師匠はブランコからすくと立ち上がった。
「もう……いいのですか」
「いちおうね。また確認には来ましょうね」
何百とあった無数の魂は、この短時間ですべてあの世に導かれていった。
もう気配はない。だけどどこかに、取りこぼした魂が隠れているかもしれない。そういった残りが出ないように、継続してこの場所を注視していこうと師匠は言う。私はそれに同意した。
「生きているうちに、ここも落ち着くとよいのだけど」
「きっと大丈夫です。私が手助けしますよ」
じっさいのところ、サポートできる自信はない。
魂の声も聞こえず、師匠と彼らとのやり取りで私はあまりに無力であったから。以前と同じように荷物持ちに徹することしかできなかった。
それでも私は、師匠が最後だと位置づけたこの仕事と、師匠自身の生き様を見届けていきたいと思った。
どんな結末になろうとも私はここに残る。魂の眠る丘のうえで、私はそう強く誓った。
〜〜〜〜〜
宣言どおり、私はレットウットに滞在することにした。
師匠の家にご厄介となり、空いている部屋で寝起きする毎日をおくる。私が見習いのときに使っていた部屋は、今はゾフィの子ども部屋になっているということだった。
ゾフィと私は家のなかでは挨拶を交わす仲で、談笑することもしばしばある。ただしふたりきりだと時おり気まずい空気になる。
あちらの娘さんも、いきなり私みたいな知らない女が家に転がり込んできて、さぞ困惑しているだろう。いくら母親の弟子だからといっても見ず知らずの大人が横にいては落ち着かないはずだ。
私はあまり師匠の家庭に深入りしたくなかった。言わずもがな、ゾフィの家での居場所を奪うような真似はしたくない。
「どうしてうちに来たの?」
「えっと……」
ふりふりと長い黒髪を揺らして、ゾフィが私に詰め寄ってくる。正直に答えるのはよろしくないと思った。私の遠慮が会話のなかにも現れてしまう。
「ゾフィのママを、魔法でお手伝いしにきたのよ」
「へぇ。わざわざどうして?」
「え」
「アンネはママの弟子だったんでしょ?わたし知っているよ。でもなんで今さらこの家に来てくれたの?」
かわいい見た目をしているが、師匠みたく無邪気に人の心を覗こうとしてくる。言えない。あなたの母親の命を繋ぎ止めるためだなんて。
私がだんまりを決め込んでいると、ゾフィは拗ねたように口を尖らせる。それでも私は事情を隠すために口をつぐんだ。
「教えてくれないの?」
「ごめん」
師匠はどこまで、この子に話しているのだろうか。自分が仕事を辞めること、すでに死期が近づいていることについて。
「もういい。別のお話をしましょう」
「そうね、じゃあどうしよっか」
「うんとね魔法のことを話したい。アンネの専門の魔法ってどんなの?楽しいやつなの?」
ゾフィは目を爛々と輝かせて、再び私に迫ってくる。
「面白いものではないわ、それにとても危ないものよ」
「ふーん。街の人が使っているのとは違うみたいね」
「街ではどんな魔法が見られるの?」
「いい質問ね。そうね。空に虹を描いたり、お花を咲かせたりする魔法かしら。それにシャボン玉を飛ばすやつもすごかったわ」
話にあがるのはたいてい、魔法のなかでは基礎中の基礎のものであった。
何の役にも立たない曲芸レベルの技ばかり。少年少女を楽しませることがせいぜいな、見かけ倒しの簡単な魔法たち。私も幼いころはレットウットでそれを見物して、いつかは自分もあんな風になりたいと心をときめかせていた。
「私も虹が出せたらいいのになぁ」
「ゾフィは、魔法が好きなのね」
「うん!!レットウットにいたらね、嫌いになんてなれっこないの。アンネもここに住んでいれば、私の言いたいことがわかってくるわよ」
少女は夢心地のまま、嬉々としてそれらの思い出を語ってくれる。純粋で眩しい心に触れて、私はちょっとだけ後ろめたい気持ちにさせられた。私が死霊術を扱っていると言ったら、ゾフィはどんな反応を返してくれるだろう。不気味だと軽蔑されてしまうだろうか。
ゾフィは母親の本を借りて読んでいて、魔法について勉強中だという。いつかは自分でも空に虹を描き、花を咲かせてみたいのだそうだ。
あの親にしてこの子ありだ。彼女は明るくて快闊な少女。まだ7歳にして、すでに師匠の面影がちらついている。親と同じように魔法の道へと傾倒している気さえした。
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