崩れる世界

虹の逃避行

ズズズズズズズ……





βが世界に何をしでかしたのか、頭の悪い俺でもすぐにわかった。


世界の壁、ドームの外周が次第に狭まってきている。


速度をざっくり言うと歩く速度の1/15程度。


俺たちは世界の中心である街から歩いて一日程でこの外周部に辿り着いた。


逆に言うと、二週間程で世界がドームに押しつぶされることを意味する。





俺「えげつねぇ真似しやがる」


アン「二週間後……私たちは世界に押しつぶされちゃうのですね……」


俺「俺がそんなことさせねぇ!……と大見得切りてぇところなんだがな……」


俺「とにかく街の方、ドームの中心部に向かって戻ろう」





ドームの上空は、明け方とも夕闇とも思えない不思議な色が広がっていた。もし「世界の黄昏色」というのがあるのならこういう色を指すのだろう。そしてドームの天井が少しずつ、音もなく剥がれていくのが見えた。





アン「奇麗……」





アンは状況の深刻さにも関わらず呟いていた。それは光り輝く紅葉が舞う、夢のような光景だった、虹色に染まった空が細かく剥がれてひらひらと輝きながら雪の様に舞う、世界の終焉がこの様に美しいとは思わなかった。





もはや昼も夜も無かった。


夕焼けの様に薄暗く、天使のハシゴと光の紅葉に照らされた終末の世界。





俺たちは光の紅葉が舞う中、元の街に戻っていった。夕闇の様な暗さの中、虹の様な光に照らされたアンは驚くほど美しく見えた。もしこれが世界滅亡でさえなければ、生涯最高のデートコースと言えたと断言できる。


今や無人となった街の冒険者の宿、最上階のロイヤルスイートを勝手に占拠し、俺たちの最後の居城とした。さすが主人公たちが使用する予定の設備だけあって、書き割りではなくしっかり作りこまれているのが憎たらしい。


ロイヤルスイートの窓から見ると、遥か向こうに見える山の景色が不自然なことが分かる、おそらくドームが狭まってきている影響であろう。そんなことを考えているとアンがどこからか茶菓子と紅茶を持ってきてくれた。





俺「お! まだこんなものが残ってたんだな!」


アン「うふふ」


二人で茶菓子のクッキーを頬張る、上品な味だ。


アンが窓の外を舞い散る光の紅葉を眺めながらぽつりと呟く。


アン「私は……」


アン「αに「路地裏を見て悲鳴を上げるだけでいい」と言われていました」


アン「おそらく私の役割はそれだけだったのでしょう」


アン「後は誰にも顧みられることなく、世界から消えていく」


アン「そういう存在だったんです……」


俺「そんなことは無い!」


俺はアンの肩をがっしりと掴み、アンの目をしっかりと見る。アンの目には涙が浮かんでいる。


俺「俺が! 顧みる!」


俺「もし世界からお前が消えたら!」


俺「俺が! 悲しむ!」


アン「エルビス……さん……」


俺「アン……」





俺は優しくアンと唇を重ねながら抱き寄せつつ、そっとロイヤルスイートの窓のカーテンを閉める。いいかい、こういうことは部屋のカーテンを閉めてやるものだって昔っから相場は決まってるんだ。


薄暗い夕闇と降り注ぐ虹の光の紅葉の中、ホテルは静かに佇んでいた。俺とアンは深い絆で結ばれ、もはや何者をもってしてもその絆を破壊することは不可能であろう。たとえそれがαやβであったとしても、だ。





だが、二人はなす術のないまま10日弱の時間を過ごした。





ドームの外周は、もはや街からそう遠くないところまで狭まっていた。





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