β(ベータ)の提案

街から一日ほど歩き詰めただろうか、目の前には壁が立ちはだかっていた。


いや、壁というのはちょっと小さく言い過ぎたかもしれない、恐らく世界の果てから果てまで伸びており、高さも天空まで伸びている、文字通り「世界の果て」を意味しそうな壁だ、多分壊れそうな壁では、ない。


超巨大なドーム状の世界を考えてほしい、ドームの内側が「主人公」の旅するエリアだ、じゃあドームの内側の壁には何が描かれるか? 遠景の山々と真っ青な空が描かれるだろう。今目にしてる壁が、まさにそれだった。


アンと二人で壁に背を持たれて、これまで俺たちが歩んできた道のりを振り返る。俺たちがいる場所はちょうど高台になっており、最初にいた街までが一望できる状態になっている。世界の果てから見下ろす、ってやつだ。





俺「こんな適当な書き割りでも、遠目に見るとそれっぽいんだな……」


アン「ええ、本当は主人公さんのためだけにあったんでしょうね……」





二人で風に吹かれながら眺めていると、突然頭の中に何者かの声が聞こえてくる、αのクソ野郎か!? だが声が少し違う。アンの方を見ると怯えた顔で俺の方を眺めている、彼女にもこいつの声が聞こえているのか!





???「あー、あー、マイクテスト、マイクテスト、あー、あー」


???「きこえますかー、そこのロカビリーとパン屋」


???「そうそう、そこのあなた。あなたたち二人ー」


俺は憮然として答える。


俺「てめぇもαクソ野郎の仲間か?」


???「あ、自己紹介しときますね」





俺とアンは、空中に突然出現した名刺大のプレートを手にする。


プレートは金属とも紙とも陶器ともつかない謎の素材で、ただ一言





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監修:β



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とだけ書かれていた。





俺「で、その「監修のβさん」とやらは俺たちに何をさせるおつもりで?」


β「あー、まずその前にですね、あのー、お詫びさせてください」


β「この度はαがとんだ粗相をしてしまい誠に申し訳ございません」


β「この世界で存分に演じて頂こうと十二分に配慮したのですが」


β「つきましては、αの代役として、わたくしことβがはせ参じました」






俺はβに食ってかかる、所詮こいつもαの同類か。


俺「悪ぃがβさんよ」


俺「俺もアンもてめぇらの思い通りにはならねぇってよ」






β「そう、そこ、そこなんですよ、あなた方のような人、非常に珍しい!」


β「普通、主人公以外が自我を持つなんてありえないんです」


俺「俺もアンも人形じゃねぇ、勝手に悪役やモブにする権利はねぇ!」


β「そう、主人公以外は自我を持たない、そしてあなた方は自我を持つ……」






β「なら、






β「先ほどの「主人公」はお詫びの品と共に元の世界にお帰り頂きました」


β「これからは、あなた方がこの世界の「主人公」です」


β「あなたとパン屋……アンさんでしたっけ? 悪い話じゃないでしょう」





と、ここでアンがおずおずとだが口をはさんでくる。





アン「ベータさん……ですよね」


β「はい、アンさんですね、あ、お名前はそのままで結構ですよ」


アン「私たちが仮に……「主人公」になったとしたら」


アン「やはり私たちの物語を支えるために大勢呼ばれるのでしょうか?」


アン「「私たちのような」人が」


俺「!!!」





アンがそこまで考えてたとは、そうか、俺みたいな人間、今度は俺とアンに意味もなく倒されるだけの人物が出てくる、それがアンには耐えがたいのだろう、俺も痛いほどその気持ちはよく分かる。





だが、βの答えはシンプルかつ、非道なものだった。


β「いいえ、その御心配には及びません」


β「この世界は、アンさんとそこの……エルビスさん?」


β「……二人だけの世界です」


β「なぜなら」


β「あなた方「主人公」の役目は」







β「このハリボテで、歪み、消えゆく世界の滅びに付き合う」


β「冒険よりも美しいことですから」







その瞬間、世界全体を嫌な揺れが襲った。


俺「逃げるぞっ」


俺は反射的にアンの手を取った。






β「はい、どうぞ、逃げるも、抗うもご自由に」


β「世界は滅びます、ゆっくりと、着実に、網羅的に」


β「美しい滅びの旅を、御存分に演じ、お楽しみください」





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