αとβ
名前
足元の道を見る、草が生えておらず「草原と道の模様が描かれた絨毯」に草の書き割りがまばらに配置されている様な道、αが創作の手を抜いている領域の方角に向かい歩きだす、パン屋も俺の後を歩きだした、と、その時!
パン屋「きゃああああっ!!!」
俺「どうしたぁっ!」
見ると、地面に空いていた直径数十センチの穴にパン屋が落ちそうになっていた。穴の隙間から見える空間は土も何もなく、真っ白な虚空が広がっている、ただの穴じゃない! 落ちたらただじゃ済まない空間だろう。
恐らくこの世界は平面なんだ。何もない真っ白な虚空に地面を置いてるだけ。だから地面のつくりが適当なところにはここみたいな綻びがあるし、おそらくこのまま旅を続ければいずれ「世界の果て」に辿り着くだろう。
だが今はそれどころではない! パン屋を助けなければ!
必死になってパン屋を持ち上げる俺。引き上げた拍子にバランスを崩し、パン屋の柔らかい身体が俺に多い被さる。まるで抱き合ったような状態になってしまい、照れ臭くなり思わずパッと身体を離し、気まずく後ろを向く。
パン屋「え! ……あ……あの……ありがとう……ござい……ます」
顔を真っ赤にして消え入るような声で礼を言うパン屋
俺「お、おう、す、すまねぇな……」
目のやり場に困り、ちょっとそっぽを向いて答え、二人で起き上がる。
身体の柔らかさに釣られたわけじゃねぇが、彼女に対する一種の庇護欲が沸いた。そう思うと、この娘を単に「パン屋」と呼び続けるのはよくない気がした。それじゃαの思うつぼだ。俺は意を決してパン屋に聞いた。
俺「わりぃが……姉ちゃんの名前……聞かせてもらえるかい?」
パン屋「……わからないんです、私はパン屋ってαの命令しかなくて……」
俺「なんてクソ野郎だ、じゃあ、まず俺が名乗ろう!」
俺「……」
俺「…………」
俺「………………思い……出せない……」
いや、正確にはもっとマズい状況だった、俺の名前どころか、俺はどこの出身で、どういう過去を持っていて、どういう趣味趣向を持っているか、さっぱり分からなかった。パン屋同様、例のクソ野郎のαの言葉しか頭にない。
俺「……すまねぇ……」
パン屋「あなたも……同じなんですね……」
俺「……あ、ああ……」
パン屋がおずおずと俺の方を見上げて言う
パン屋「……あの……」
パン屋「……互いに、名前を付け合いっこ……しませんか……」
パン屋「……αと関係ない……私たちだけがつけた名前」
何てステキな提案じゃねぇか!
パン屋「あなたが……ロカビリーファッションだ……って事は、分かります」
パン屋「エルビスさん……ってどうでしょう……安直……ですか?」
俺は両手のひらをパン屋に向け左右に振り、いやいや、というポーズをとる
俺「いやいや、いい名前じゃねぇか、エルビス! 気に入ったぜ!」
俺「じゃあ俺もお前の名前を決めよう……」
俺「パン屋だから……アンなんてどうだ……アンパン……はは、俺も安直だな」
アン「そうですね、二人とも、安直、よろしくね、エルビスさん」
首をかしげてアンが微笑む、こんな笑顔ができる娘だったのか。最初の街を離れておそらく数キロ、書き割りの草や木がまばらにおいてある草原柄のじゅうたんが敷き詰められた地面で、アンと俺は二人で微笑み合う。
俺「主人公が探索を深めるとこの「手抜きの世界」はどんどん少なくなる」
俺「終わりしかない逃避行だが……」
俺「アンがいるおかげで少しだけやっていけそうだ」
アン「私もです……よろしく……ね……エルビス……さん」
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