書き割りの世界
パン屋は俺に手を引かれるままになっている、まるで自由意思など存在しないかのように。俺は不憫になった、こいつは「悲鳴を上げて逃げ出す」ためだけにここに呼ばれたんだ、あのαとか言うクソ野郎に。
俺はパン屋を見る、所在なさげに、憂いた目をしてうつむいている、おそらく自らが置かれた状況が理解できていないんだろう。俺は彼女を連れ主人公が現れなさそうな場所、冒険者ギルドとは反対側に曲がる、するとどうだ。
俺「主人公が来ないところは「世界」すら作っていないってことか……」
そこは確かに先ほどの様なファンタジー風の街並みだった。だがどうだろう、左右は巨大な書き割りが並び、そこにはファンタジー風の家屋が「絵」として描かれていた。まさにハリボテで作られたような街だ。
正面数十メートル先も巨大な書き割りで、いかにも道が続いてますよと言わんばかりにぼかした絵が描いてある、誤魔化すためか書き割りの前に申し訳程度に樽や箱がいくつか積まれているのがかえって涙を誘う。
俺「やれやれ、
俺が半ば呆れていると突然、そこに最初からあったと言わんばかりに、きちんとした建物がじわーっと出現しようとしていた。俺がいるところに「仮初めの舞台」がお膳立てされていくような感じだ。俺の脳内にαの声が響く。
α「考えたら、キミを倒す場所が路地裏である必要性はなくてね」
α「主人公はここで君からパン屋を救い冒険を始める、そう変更した」
俺が遠くの方を見ると、まるでそこに導かれてくるかのように主人公が歩いてくる。くそう! なんか手はないのか! 俺はとっさにまだそこにあった建物の書き割りの後ろに回り込み、ベニヤ板のそれを後ろから蹴り倒した!
バキバキバキィッ!
巨大な書き割りは主人公に覆いかぶさるように倒れていく、ざぁまみろ!これでこいつもこの世界がおかしいって気付くだろう。俺は混乱に乗じてパン屋の手を掴み、この適当な作りの街から逃げ出すべくきびすを返した。
後ろを振り返ると、倒れゆく書き割りと主人公がまるでそこだけビデオを一時停止したかのように止まっている。おそらくαの奴は「どうすればこの場をしのげるか?」というアフターケアに頭が回っているのだろう。
これは好都合だ、俺たちがゆっくり逃げる余地ができた。
それにしても適当な街だ、ほとんどは書き割りの背景だし、地図が矛盾している。パン屋はというと、目の前で起こっていることに当惑の表情を隠せていない。当惑……? 少しずつ感情が芽生えてきているのか?
俺はパン屋と手をつなぎ、このクソみたいな街からの本格的な逃亡準備をした、そこら辺の「書き割りではない建物」からいくばくかの水と食料、冒険道具、数冊の本を奪い取った上で、二人分の荷物を作った。
俺「どうだ、持てるか? っていうか俺の言うこと、分かるか?」
パン屋「……うん 持てる」
パン屋が自分の意志で返事をした、やはりこの娘も俺と同じなんだ!
俺「いい子だ」
俺は背負い袋にまとめた巨大な荷物を背負い、小さめにまとめた荷物をパン屋に背負わせた。二人は手をつなぎ、街を離れ始れ歩き始めた。おそらく街では「俺たちの代役」が充てられているのかもしれない、可哀想な話だ。
「背景がきちんとした場所」は主人公がこれから歩む道だ。それすなわちαの支配下に置かれている場所だという事を意味する。俺たちは多少怖いが「なるべく背景が破綻している場所」の方を向いて旅を進めることにした。
俺たちの前には、主人公不在の破綻した道、だが自由な道が広がっている。
この適当な書き割りの世界で俺たちを待ち受ける運命は?
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