α(アルファ)

?「私の名はα(アルファ)」


α「キミは街でぶつかってきた女性を路地裏に誘い、襲いたまえ」




突然何者かの声が脳内に響く、いわゆる「脳内に響いてくる声」って奴だ。声の出所ははっきりしない。古風な、いわゆるロカビリーファッションに身を包んだ俺はおぼろげな意識のまま、その何者かに問いただす。




俺「俺がその女性を襲ったら何が起こるって言うんだ?」


α「キミは通りがかりの主人公に倒され、そこで出番は終わりとなる」


俺「はぁ? ふざけるな? 主人公って何だよ? 出番って何だよ!?」




とか言っている間に、目の前が白い光に包まれる。ふと気が付くと俺は「いかにもファンタジー」な街中に路地裏近くに突っ立っていた。まぁさっきの声は知ったことではない、割と悪くなさそうな街だしぶらぶらするか。


そう思って俺がちょっと歩き出したその時だ、そこに一人の姉ちゃんが勢いよくぶつかってきた。ルックスは悪くない、美少女と言っていいだろう。よそ見をしてたようだ。悪いことしたな。俺は姉ちゃんに素直に謝罪する。




俺「おう、すまねぇな姉ちゃん」


俺はそのまま立ち去ろうとする。


美少女「え……あぅ、えょ……」




姉ちゃんはまるで「予想外のことが起こったかのように」挙動がおかしくなった。謝るでもなく、かと言って怒り出すでもなく、突然怯えたような表情をする。おいおい、ちょっとぶつかったからって気にするこたぁねえって。


だが姉ちゃんのおかしい挙動は止まる気配を見せない、往来のど真ん中で突然手を引っ張られたようなポーズをとったり、その場で投げ飛ばされたかのように勝手に転んだりして、ついには場違いなことを口走り始めた。




美少女「わ、私をこんな路地裏でどうしようとするんですか!」


路地裏? ここは往来のど真ん中だぞ?


俺「いや……すまねぇ、姉ちゃんが何を言ってるかさっぱりなんだが……」


姉ちゃんは自分の身をかばう様なポーズをとる、道行く人は見向きもしない


美少女「身体が目当てだって言うんですね!」


ダメだ、この姉ちゃん、さっぱり話が通じねぇ。




俺の心にふと一つの疑念と怒りが湧いてきた。もしかしてこれは「仕組まれた一連のイベント」みたいなものじゃないのか? 本来なら俺が彼女を路地裏に連れ込む手はずになっていた、だから一連の動作は自然なものとなる。


だとすると、俺は「路地裏でこの姉ちゃんを襲い、そこに主人公が現われ、そいつに一撃のもとに倒される」ためだけに存在するってぇことになる。そう考えるとさっきまでの全ての話にきちんとつじつまが合う。


どうやら俺は、物語序盤で出てくる「主人公に秒で倒される悪役A的存在」にさせられようとしているらしい。なるほど、さっき俺に話しかけてきたαとかいう奴の「そこで出番は終わりです」の意味がようやく分かってきた!




???「きゃああああああああ」




その瞬間俺の後ろの方から悲鳴が上がる。何もない路地裏、本来なら俺があの美少女を連れ込んだであろう路地裏を指差し、パン屋の姉ちゃんが驚いた顔をしている。あーあ、地面にパンをぶちまけて、もったいねぇなぁ。


俺はパン屋の姉ちゃんの肩をしっかりとつかみ目をじっと見る、目に生気はなく、まるで「路地裏を指差し悲鳴をあげる」だけの存在に見える。よく考えればこいつは俺と同じだ。憐憫の情が湧いた俺は必死に語り掛ける。




俺「おい! 気をしっかり持て!この路地裏には誰もいねぇ」


パン屋「誰か! 助けを! たすけを たす……」


俺の心に怒りの火がついた、この娘もきっと「一瞬で出番を終える」系だ!


俺「いいか! 俺と逃げるんだ! お前はお前なんだ!」


感情の無い目でパン屋が答える。


パン屋「あ……う……にげ……る? あな…たと……?」


俺はパン屋の手を掴む、その瞬間に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


α「何をする! 勝手に動くな! ちゃんと襲って主人公を待て!」


俺「知るか! 人を勝手にモブ扱いするクソ野郎はとっとと失せな」




俺は気を強く持ち、なるべくαこいつの声を無視するように努めた、声は次第に小さくなり聞こえなくなる。これ幸いと俺はパン屋の手を取り、このクソみたいな「主人公の舞台」からの脱出を試みるべく走り出した。


後ろを見返すと、例の姉ちゃんがいつの間にか服がビリビリに敗れた状態で往来の真ん中に立ち、誰もいない空間に向かって「助けてくれてありがとうございます」と半裸で頭を下げていた、ダメだ……こいつはもう救えねぇ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る