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だからといって、そのままその場に永遠に突っ立っているわけにもいかない。雛子は深くため息をつき、ゆっくりとじゅりに向き直った。
「あなた、おんなを好きなわけじゃないよ。ちょっと今は潔癖になって、男に苦手意識が出てるだけ。適当な男と付き合ってみれば、そのうち治るよ。わざわざおんなと寝たり、付きまとったりしない方がいい。」
こんこんと、生徒に数学でも教える教師みたいな物言いになった。わざわざおんなと寝たり、付きまとったりしない方がいい。本気だった。男も好きになれるのならば、わざわざ厄介な方の道を選ぶことはない、じゅりはまだ、とても若いのだ。
そして、じゃあね、と、今度こそじゅりに背を向け、その場を立ち去ろうとしたところで、背中に柔らかな感触がぐっと押付けられた。
「好きなんです。」
え、と、驚いて肩越しに振りかえれば、じゅりが雛子の腰に腕をきつく回して抱きついている。
この街は、同性愛者が多い。路上で口説いたり口説かれたりしている者も多い。だから、じゅりと雛子が特別人目を引くわけでもないのだが、それでも雛子的には、この状況は気まずかった。知り合いもこの街には多い。子どもみたいに若い女と路上でもめている所なんて、見られたくはない。
「……だから、それはちょっとした勘違いで……、」
「違います。私、あなたのことが好きで、」
「いや、そもそも私のことなにも知らないでしょ。」
それでどうやって好きになるのよ、と、雛子は呆れた。ナンパや一晩の関係を繰り返してはいても、雛子にとって、恋は恋、肉体関係は肉体関係で、そこが混ざり合うことはなかった。恋は、相手を知らなくてはできない。身体の関係を持つだけなら、お互いのことなんか、別に知る必要もないけど。
そう思って、頭に浮かぶのはやっぱり、中学生の時からずっと思いを寄せ続け、ずっとその気持ちを流され続けているおんなのことだった。そうやって、菜乃花のことを、考えたくもないのに思い浮かべてしまえば、雛子にも隙ができる。じゅりは、その隙を見逃さなかった。
「誰のこと考えてるんですか?」
張りつめた問いかけだった。雛子が、目の前にいるじゅりではない誰かのことを考えていると、その事実を彼女は、ひとかけらの疑いもなく確信していたのだ。
「この前も、そうでしたよね。ずっとずっと、誰かのこと考えてた。」
くっきりとした口調で言われ、雛子は思わず怯んだ。
ずっとずっと、誰かのこと考えてた。
その通りだった。ずっと、雛子は目の前にいるおんなではなくて、他のおんなのことを考えていた。
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