7話:教師の隠しごと1
「さて。まずは第1ポイント。教師の隠しごとからです」と私は忠実に依頼を熟すために言った。「教師の隠しごとというと仰々しいとお思いかも知れません」
「まあ、浮いてるなとは思ったよ。過去のすれ違いとか捨てたとかに比べると呵責のニュアンスが強いね」
「そうですね。ただ、先輩の依頼に登場する人物の中で、ひとりだけ犯人と呼べる人物がいるとすれば、それは柴田教諭にほかなりません」
妙な間があったが、だれもなにか言わないので、私は続ける。
「これはなにか犯罪を犯したわけではなく、行動時点である程度の予測が立っていた、つまり、ひとりだけ現在の状況を防げた人間がいたとすればしばっさんだ、ということですから、そこの点は誤解しないでいただきたいですが」
しばっさんの表情はなんなのかはよくわからなかった。
それほど苦しい印象もない。ふつうと形容するのがいいのかもしれない。ここはまだしばっさんにとって痛いところではないからだろう。
ただできれば触れられたくない部分はとても近接したところにあるのはしばっさんも理解しているだろうから、取り繕っているだけかもしれないが。
「そのしばっさんが依頼を仲介した。これが第1ポイントの核心に至る重要な要素だ。依頼が成立した時点で、謎というにはすでにこころもとない」
「たしか情報密度はコントロールするとか言ってなかった?」
「まだか。ならば、もうすこし噛み砕きましょう。安賀多先輩がしばっさんにこの話をするきっかけはなんですか」
「……柴田先生とは話すことはあるからね。2年のとき担任だったし」と安賀多先輩はわずかになにか言いたいようだったが、素直に質問に答えた。
「両親の離婚はそれより前でしょう。なぜ卒業間近のいまになって、ふと思い出したかのように両親の離婚の原因を知ろうとしたのか、ということです」
「4月から東京に戻るし、父とも会う機会はいまより増えるだろうから、モヤモヤは解消しておきたかった、とかかな。そんなに深刻な動機じゃないよ」
「淡田彗星にはそのことを伝えましたか?」
「そりゃね。ちゃんと知っておきたいくらいのことは言ったと思うよ。正確には覚えてないけど」
「それなら、本来は淡田彗星に話す気があればそこで終わる話です。では、しばっさんはなぜそれを知ったんですか?」
「父から言われたから。わたしに見て欲しいものがあるみたいで、たぶん柴田先生が持ってるから、見せてもらえって。見せてもらえるように言っとくから、って」
「そこからの流れを、できるだけ正確に述べてみてください。教師に隠しごとがあるという前提だと、犯人らしき動きをしているとわかるはずです」
「どうだったかなー。1ヶ月前くらいだったかな。たしか合格報告の登校日だったと思ったけど、ちがったかも。わたしも部活でたまに学校には来てるし、そのときだったかも」
「日時はアバウトでも。順序さえあっていれば些事です」
「きみがなるべく正確に、って言うからだよ」と安賀多先輩は笑った。「まあ、とにかく父と話した翌日だったかな、柴田先生に、父さんがこう言ってるって伝えて。そしたら――あれ、どうしたっけ?」
「1、2日待てと言った」としばっさんが短く答えた。
「ああ、そうだ。それで後日聞きに行ったら、賢章が言うものはたしかに持っているが、やっぱりすこし待ってくれって言われたと思う。なにが知りたいのか聞かれて、まあ、離婚理由の整理かな、って軽く伝えたとは思うよ」
「そしてなぜか、ぼくへの依頼を勧められた」
「まあそうだね。たしかに変と言えば変かもね。鴫沼住春の名探偵っぷりは噂では聞いてたけど、離婚の理由なんて父が言ったらいいわけだし、柴田先生は持ってるなら見せたらいい」
「つまり、そのおっさんは答えを全部持っているペテン師です」
「おい、それはあんまりだろ」と静観していたしばっさんが言った。
「おっさんほうですか!? ペテン師のほうですか!?」
「宮田、おまえはおまえで空気を読め」
「私なりには読みました!」
「わかったもういい、俺がまちがってた」
「柴田先生、探偵さんから告発を受けているけど、それはまちがいだという認識なの?」
「隠してることがあるのは認めるよ。そして、まだ見せてないものも見せる気はあるし、安賀多が望むなら賢章の学生時代のことも話そうと思ってる」
「ただ一部は隠すかも、ってことですか?」と安賀多先輩はすこし問い詰めるように訊いた。
「賢章が話すつもりだったことは聞いてるから、それを隠す気はないよ。鴫沼のこともどんなやつか含めてひととおり伝えた。その上で賢章はそれで先生がいいと思うならいいですよ、って言ってたしな。
自分が話すとどうしてもバイアスがかかるし、娘とは言えあまりにプライベートすぎる。親の口から聞きたい話とも思えないし、先生がその鴫沼くんをそこまで信頼してるなら任せます。みたいな感じだったな。
ただそこに含まれないであろうことをしゃべる気は、いまの段階ではないと言っていい」
「自白はまだしないという強い意志を感じますね」
「まあ、昔の話に俺が絡んでないと言えば嘘になるが……。あまり語りたくはないんだよ。俺としては隠せるものなら隠したい」
「でも、それでぼくに話を持ってきたってことは、ほとんどしゃべる気でしょう」
「もしかしたら、安賀多に知る権利はあるかなあとも思うんだよ、俺は。賢章の知らないことを俺が知ってるのも事実だしな。必要だと感じたら……しゃべる気がないわけじゃない」
「いいですか、安賀多先輩。つまり、犯人は完全には自白の決心がつかないし、できれば秘匿するものは秘匿したい。その判断をぼくにしてもらいたかった、ということです。教育上はよろしくない」
「学校でこんなことをやってるのがそもそもよろしくないぞ。たまにおまえに依頼を紹介するのは咎められることもある」
「その咎めたひとを教えてくれれば、もう2度と小言を言いたくなくなるくらいの情報をばらまいておくよ」
「情報のそういう使い方はやめろ」
「冗談ですよ。やったことないでしょう。表立てては」
「やってるじゃねえか」
「ぼくはべつにモラリストじゃないのでね。まあ、依頼者の権利とかはどうでもいいですが、しばっさんが全部しゃべる気になるようにはするかもしれません」
「ねえ、そういうのってふつう、本人いないところで言うもんじゃない?」
「そういうのが通じないのよ、こいつは」としばっさんは苦笑いした。
「失礼な。ぼくだってそういう必要があるときはそうする。いまはない」
安賀多先輩はなにか言おうとしたが、解説への興味が勝って黙ることにしたようだ。
「ただまあ、これでも半落ちではあるでしょう。どうやら原稿を見せる気でいるらしいですから、教師の隠しごとは半分ディテイルが埋まったも同じだ」
「ん、原稿?」と安賀多先輩は聞き逃さなかった。
「ええ、最低2本はある原稿ですよ、しばっさんが隠しているのは」
「待て。さすがにそれがわかるのはおかしい」
「ぼくはね、しばっさん。この部室にあるテキストと呼べるものにはすべて目を通している。そして、あなたのせいもいくぶんかはあるが、淡田彗星作品については好むと好まざるとにかかわらずかなり詳しい。彼の学生時代の筆力も想像くらいはできるよ。この文芸部に所属していた3年分の文章はあるわけだしね。その上ですれ違いを起こせるものとなると、キーアイテムは原稿でしかありえないことは明白だ」
「全然明白じゃねえ。いつもみたいにこれが構造ですとか言って、そのあと資料を集めまくってくるのかと思ってたが、細部までもうわかってるのか」
「そうだね。今回はその点においてディテイルを詰めるのがいつもより簡単で助かる。ぼくはもうしばっさんの隠してる原稿を見て確認するだけだ。あとで保険をかけて図書室に行くが、今回はそれ以上移動する必要すらない。そのあと証言者に会って、安賀多先輩がそのディテイルに納得したら依頼は完了だ。ぼくが証言者に会うべきなのかはまだわからないけどね」
私と2年も接しておいて、この程度のことがわからないと思われているのはいささか心外ではあったが、それは見逃すことにした。
「ぼくにして見ればすこしだけ遠回りではありますが、ここで登場人物を図式化しましょう。ビジュアル化するというのは理解の助けになるはずです、一般的には」
「だーかーらー」と宮田が即座に反応する。
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