第十二件 自信

 中間テストという目前の大きな壁を乗り越えたところで、今日はまだもう一つの壁が残っている。それも見上げてしまうほど高い壁が。

 今日で犯人を見つけ出さなければ遠島のテストの点数は全ておじゃんになってしまう。それだけはなんとしても避けたい。

 時刻は十一時過ぎ。昨日よりは早めに終わったので、その時間分を調査にあてられる。今日は遠島にも協力してもらわなければならないので、時間がこんなにもあるのは大変助かるのだ。

 ちなみに、テストを終えた後遠島にメールで『ホームルーム後学校前の公園に集合』と送った。その後すぐに既読がつき『り』と返ってきたのが、『り』とはなんだろうか。了解と打ちたかったのだろうか。もしや返信している間になにか中断せざるおえないことに巻き込まれでもしたのでは。

 そんな悪い想像をして公園で待っていると、約束通り遠島は私のいる場所へやって来た。

「良かった。もしかして来ないんじゃって思ったよ」

「え?私そんな遅かった?」

「いやいや、そうじゃなくて」

 私が手短に不審な態度のわけを話すと、遠島は口から思わず吹き出すように笑う。

「ふふふ…アンタ、変なとこで常識知らないよね」

「へ?」

 誰が言うか。

 というか、もしかして私は時々常識を知らない男だと思われていたのか。

 だとすればかなり不愉快である。彼女にだけはそう言われたくない。

 しかし今回ばかりは多めに見ることにしよう。昨夜は何だか暗い顔をしているように見えたので、このように笑ってくれて一安心だ。

 あの時私がコテンパンにやられたことで嫌な気持ちになっていたらと思っていたが、どうやら杞憂だったようである。

「はあ…まあいいか。今度アンタの知らないアレコレ教えてあげる!」

「はんっ!そう何個も知らないことはないわ」

「どうかな〜?案外、私の方が物知り…」

 話しながら、突然に遠島が言い止まる。

 言葉を続けることはなく、なぜか気まずそうな表情をしてただただ突っ立っていた。

 まただ。やはり昨日から調子がおかしい。それも、私が原因な気がするのだ。主にタイミングや空気感的に、そう感じた。

 どうしたと一つ聞きたいが、どうせ聞いたところで突っぱねられる気がしたので無理やり話しだすことにする。

「…ところで、本題なんだが。今日の調査は単純明快!お前でも簡単に出来るお手軽なものだ」

 少し空元気気味に話す。

 私の気遣いに気づいたのか、数秒遅れて反応する。

「私にも簡単に…って、なんか言い方が舐められてる気がするわ」

「そんなことはない…言い方が悪かっただけだ、うん。それだけ」

「含みがある!言い方に含みがある!やっぱりアンタ私のこと下に見てるでしょ!」

 ギクッ。

 途端に体が跳ねる。

「んな…んなわけないだろ?それより!今回の調査内容を言わせてくれ」

「あっ誤魔化した!」

 バツが悪くなった私は、遠島の指摘を無視して今回の計画を順々に話す。

「まず今からは二手に別れる。俺は三年生の教室に行って適当な先輩たちに話を聞きに行く。お前はサッカー部のマネージャーに話を聞きに行ってくれ」

「マネージャーって…私の学生証を探すのに必要なの?確かにサッカー部と関わりのある人かもって言ったけど…」

 遠島は納得し切れないような物言いで理由を尋ねてくる。実際、自分の学生証を一刻でも早く見つけたいだろう。出来ることなら無駄な行動はしたくない気持ちは分かる。

 だがこの行動は意味のあるものであり、大きな一歩になる可能性が高いのだ。この聞き込みさえ終えれば今回の事件は少し脳みそを使うだけで済む。

 いわゆる下地の段階がなぜ必要か遠島に伝える。

「俺の読み、あくまで仮定だが。今回は関与している犯人が一人ではないと思っている」

「えっ、そうなの?」

「仮定だけどな。まあ、そう考えるのが妥当だと思う。一人でやるにしちゃ物理的に不可能なことがありすぎるからな。いくら超人じみた力を持っていても不可能なことはある」

 そうだ。相手がどれだけ現実離れした存在だろうと敵わないなんてことはない。ベースは同じ人間。今まで解決してきた事件と何ら変わりのないものだ。

 不意に、入学当初のことを思い出した。

 当時は偉人変人ばかりの高校に合格できたことが嬉しくて毎日ソワソワしていた気がする。そんな中実際に入学してみると、目の前には想像通りの光景が目に入ってきた。

 想像通りの、光景。あまりにも異様なオーラを醸し出す先輩方や髪色や雰囲気までもが異質に感じる同級生。

 そんな者達が大勢、もしかすると私以外の全員が同じ空間に居る。

 そう思うとワクワクとした気持ちの横にネガティブな気持ちが芽生えてきた。追いつけないだの嫉妬だの、そういうものではない。ただ、惨めになっただけだ。

 皆々はきっと明確な信念があってこの高校に進学したのだろう。それは世界に影響を及ぼすかもしれないほどに、大きなものかもしれない。

 だが、果たして私はどうか。

 特にこれといった目標や夢がなく、ただただ進学校であるという理由で入学を選んだ、この私はどうだろうか。

 なんとも言えない劣等感を感じて、入学式を終えた記憶がある。

 その時は色々と自問自答をした気がする。やれ、やりたいことが無いならなぜわざわざこの高校を選んだのか、やれ、今まで変な事件に巻き込まれてきたのにも関わらずなぜ変人ばかりの"いかにも"な環境に自ら足を進めるのか、など。柄にもなく考え込んでいた気がする。

 少しずつ私は色のない視界に自覚し始めて、当時は毎日が億劫だった。

 そんな中、つい昨日である。

 一つの眩しいほどに輝きを放つその色は、私の視界に入ってきた。

 惰性と義務感で過ごしていた日常が、心の奥で少し変わったような気がした。

 今まで比べていた不特定多数の人物達を私は勝手に自分より上の格付けをしてしまっていたのだ。だが、本来の立ち位置に気づいた。

 彼ら彼女らと私は一切変わることのない場所に立っている。それはこの第一立南ヶ丘東京高校の学生という身分だ。それは誰にも覆すことのない事実である。

 私の相手していた者達は、そこまで立派なものではない。

 今まで不安に感じていた思いが急に馬鹿らしく感じたのだ。もしかすると私でも変人達に勝る部分があるかもしれない。

 そう強気に思えた途端、自信とやる気が満ち溢れてきた。

 まだ夢や目標が見つかることはないと思う。もしかすると三年生になるまで分からないかもしれない。

 だが、必ず見つけられると確信した。何も根拠のないものだが、私はそう強く思った。

 何せ、私の勘は外れたことがない。

 そんな風に昔の自分を懐かしんでいると、前方から聞き覚えのある喧しい声が聞こえてくる。

「ちょっと!急に黙り込んで、どうしたの?」

「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してただけ」

 どちらかと言えば思い事だが。まあそこまで差異はないだろう。

 私はほっぽり出されていた会話の続きを話しだす。

「それで、だ。その不可能なことを可能にするには犯人は二人か三人必要なんだ。けど、恐らく犯人は二人だけだと思う」

「なんで?」

 私の自信ありげな発言に首を傾げる遠島。そんな彼女の問いに私はまたしても根拠のない理由を言う。

「俺の勘は外れたことがないんだ」

「…ふふっ、やっぱり。あんた、変人ね」

「はっ、お前にゃ言われたかねえ」

 互いに言い合った後顔を見合わせて笑いだす。まだ彼女には計画や私の推論の全てを話していないが、もう説明する必要はないらしい。私の一言で納得がいったのか、はたまた呆れたのか。

 兎にも角にも、もう言葉を交わす必要はない。後はお互いの成すべきことを成すだけだ。

 私たちは公園の出口まで足を運んだ後、自分の足先を各々の行くべき場所へと向ける。行く道を一度確認すると、再度相手の方へ目を向けて話す。

「んじゃ、またな」

「ん、また公園で」

 そう言葉を交わしてから背を向ける。

 今日でこの厄介ごとを終わらせるとしよう。

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