第十件 異質な狂気

「ねえねえ!見てこれ!『祝週快晴』の第十五巻がある!これ昨日出たばっかの新刊なのに…ここのコンビニ、やるね」

 なぜ上から目線なのか。

「てか、なんだその漫画。知らないんだが」

「えっ!知らないの?あの芥川毛毛先生が描いてる『祝週快晴』!一般人を襲う悪者の呪術師を祝福士の主人公が倒して幸せを配る話!」

「知らん。なんだその某少年漫画のパクリみたいな漫画」

「パ、パクリ!?あんた、そんなんファンの人の前で言ったら晒し首にされるわよ!」

 なにそのファン、怖すぎる。そしてそれは遠島が一番やりかねないだろ、とは言わなかった。勘だが、彼女に一発殴られそうな気がしたからだ。

 そんな他愛もない会話をして一体何処にいるのか。

 私は今遠島の希望で近くのコンビニエンスストアに寄り道している。理由は明日のお昼ご飯を買いたいから、だそうだ。なぜ私も誘ったのかは聞かなかった。どうせ意味は無いだろうから。

 私はどこか既視感のある漫画の表紙を手に取り拝見する。

 タイトルの語呂、呪いが絡むという設定、そして表紙に描かれたヘンテコに指で形作られた手印。

 間違いない。これはアレのパクリ作品だ。

 なぜこんなパクリ漫画が十五巻も出ているのか。そしてなぜ遠島はこんなものに興奮しているのか。

 色々思うところはあるが、何がそんなに面白いものかと少し気になる。私は表紙と背表紙を二度ほど確認して棚に戻す。

 今度一巻を見たら買ってみよう。

 これはあくまでも探究心からきたものである。断じて面白そうだったからなどという理由ではない。断じてである。

 誰に否定するのでもなく自分にそう言い聞かせると、後ろから遠島の声が聞こえた。

「そんなに気になるなら私が貸すよ?」

「ば、いらねえわ!」

「…ふーん?」

 私が強く否定すると、遠島はニヤニヤしながら惣菜コーナーへと向かっていく。

 なんだか分からないが、ファミレスでの一件から妙に彼女のペースに呑まれている気がしてならない。別に不快ではないが、ちょいとばかり悔しい。

 何か一つくらい、私からお返ししてやろう。

 私は沢山の惣菜を前にして迷う遠島の背後からゆっくりと近づく。

「ん〜、これは…いや、ダメだな…」

「そんなにいっぱい食べたら太るぞ」

「なっ…!」

 遠島は後ろからヤジを投げる私に気づいてすぐさま振り返る。

 あまり太るだのなんだのを女子に言うのは良くないが、今回は今までのやり返しなので一度くらいは良いだろう。

 私の発言に異議を申すべく遠島は口を開く。

「全部は食べないから!てか、例え全部食べたとしても私は陸上でプラマイゼロになるから大丈夫なんですぅ」

 口の先を尖らせて反論する。

 いくら走ったといえど流石にその量のカロリーを消費するのは難しいだろう。一体どれほど走る気なのだ。

 私が彼女の反論に異議を唱えようとすると、自分の左肩がガタッと何かにぶつかる感触がした。

「あっ…すみません」

 瞬時に謝る。その先に目線をやるとフードを深く被った黒ずくめの男がいた。彼の目は見えそうになく、鼻から下しか見えない。少し不審に思うも、今は私が悪いためぶつかったことを素直に謝った。

 恐らく遠島と並んで惣菜コーナーの前にいたため道の邪魔になっていたのだろう。

 私はそう思い申し訳なさそうにぶつかった人物に頭を下げる。

 そうすると目の前のフードを被った男は少しだけ口角を上げて話しだす。

「いや、良いんだ。別に。僕も避けようと思えば避けられただろうからね。ほんと。ごめんね。こちらこそ」

 まるで包み込むような優しい声で、彼は私のことを許す。

 優しい人で良かった。もし怖いお兄さんだったりしたら遠島もいる中逃げ切れる気がしなかった。いや、遠島ならすぐにでも走り逃げれるか。

 呑気なことを考えながら遠島の方へ目をチラッと向ける。

 すると彼女は俯いて床を見たまま顔を上げずにいた。まるで恥ずかしがっている…というより、怯えているかのように。

 彼女の様子を見て少し異質に思う。

 私はフードを被った男に再び目をやる。

「いえいえ。気を使わせてすみません」

 そう最後に謝ると私は遠島の腕を掴んでその場を離れようと歩き出す。

 しかしフードの男は私に場を離れることを許さず、ゆっくりと話しかける。

「ははっ。面白いね。君たち。めちゃくちゃ丸分かりだよ。考えてることが。なんだか懐かしくなっちゃった。ほんと」

 揚々とした声で次々と話しだす。その声を再び聞くと、先ほどまで優しいと思っていた声が…いや、優しいと勘違いしていた声が、今度は恐ろしく感じてしまう。それはまるで何もかもを見抜かれているようで、何も思っていないようで、何か知っているようで。

 彼の異質さにようやく気づいた私は無視して離れようと歩みを進める。

「待ってくれよ。ちょっと。僕と話さないか。もうちょっと。せっかく会ったんだしさ。ここで。何かの縁だよ。きっと」

 彼が私の歩みに合わせて近づいてくる。コツコツと距離を縮めてくるその足音に、冷や汗が頬をゆっくり伝う。

 今の彼を一言で言うならば、きっと恐怖の化身だろう。私からは何も分からず、彼には何もかも分かっている。一度もわたしは彼の目を見ていないが、彼は私の目をじっと見ているのだ。まるで見えない悪に睨まれているかのように。彼は私を見つめている。何もかも見抜いた上で。

 一度立ち止まり、遠島を私の背中に位置してからフードの男の方に顔を向ける。

 もう一度見た彼の顔には、ニタニタとした表情が浮かび上がっていた。口元しか見えないその顔はより不気味さを増しており、私に恐怖を与えるには十分であった。

 私は彼の顔を見て、今度は慎重に話しかける。

「…僕たちはこの後塾があって、結構時間が押しているんです。申し訳ないですけど、お話は出来ません」

 嘘をペラペラとつく。きっと彼には何もかも分かるのだろうが、今は嘘を言うしかない。本当のことを口にしてしまえばあまりにも不味い気がした。

 私の勘は、外れたことがない。

「はは。そうかい。残念だね。それは。なら最後に話して良いかい。一つだけ。短い話だから。ほんと。ね」

 少しばかり笑いながら彼は最後に話をしようと言い出す。

 本当なら今すぐにでも逃げたいところだが、それではその後が怖い。素直に、今、話を聞く方が良いだろう。

 私は彼の話に耳を傾ける。

「…どうぞ、手短かに」

「ありがとう。優しいね。ユーマ」

 ドキッと胸が鼓動する。

 何故私の名前が知られているのか。何故知人のように振る舞ってくるのか。

 何故私も既視感があるのか。

 きっと先ほど彼の異質さに気づけなかったのはそのせいだ。彼は私と面識がある可能性が高い。

 もしそうで無ければ、まるで本当に━━━━━

「まるで本当にエスパーみたい。だろう」

 フードの男が言う。笑みを浮かべながら私の考えを当てる彼の様子は、思考を放棄させるには十分なほど狂気に満ちたものだった。

「はは。そう怯えないでよ。ユーマ。気分が高まるだろう。そんな素敵な顔されたら」

 彼は話し続ける。

「まあいいか。とりあえず。話をしよう。これからの。君は僕とは会わないんだ。しばらく。だから伝えておくよ。今のうちに。君はこれから色々な場面に出くわすだろう。絶対。そしてその度色々と僕のことを思い出すだろう。絶対。そしてそれは都合が悪い。僕にとって。だからこの記憶はしまってくれ。奥底に。そしてまた会った時にこのことを思い出すだろう。絶対。だからその時まで忘れていてくれ。僕のことを。そして彼女には覚えておいてもらう。僕のことを。それが一番面白いだろう。きっと。でも君は思い出してはいけない。その時まで。だから君は思い出そうとするたびに罰を受ける。とても大きい。だから彼女には理解してもらう。きっちり。それが面白いだろう。一番」

「なにを…言って…」

 フードの男は遠島の方へ目を向けると、目が合ったまま動かなくなる。

 しばらくした後、遠島は意識を取り戻したかのように息を吸うと、すぐに私の腕にしがみつく。

「はは。いいね。その顔。嬉しくなっちゃうよ。思わず。彼女には見てもらった。君の未来を。罰を。だからきっと彼女は苦しむだろう。この先。だから良いんだ。とても。だからまたその時に出会おう。僕と。だからバイバイ。さよなら」

 彼は私の目をジッと見つめる。

 その見つめてくる瞳は赤く、深淵のように掴みどころがなく、鋭く私を睨む。

 意識が薄れ、視界がぼんやりしてくる。次第に力が抜け、聴力もなくなる。

 いつの間にか、私はその場で気を失っていた。

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