第8話 儀式の胎動と洞の記憶
誠司が目覚める気配はなかった。医師は「脳に異常はないが、目覚める兆しも見えない」と言い残して帰っていった。家族はそれぞれに思いを押し殺すように過ごしていたが、みきの中では、ある確信が芽生えていた。これはただの病気ではない。ゆらゆら様が関係している、と。
朝食の席。円卓に座った家族の間に会話はなかった。ひずみが何かの合図を出すと、美香が無言で立ち上がり、裏庭に続く勝手口を開けた。籠の中には収穫されたばかりの大根、人参、茄子、そして山から採ってきた薬草が並んでいる。
「今日の供物は、菜の息吹。地のものを奉げましょう」
ひずみの声は低く、湿った空気を割るようだった。全員が立ち上がり、みきも無言でそれに従った。
裏庭には、使われていない古びた祠がある。その前にある石の台座に野菜を一つずつ並べていく。美香が手を合わせて小さな声で呟いた。
「今年も、無事に。どうかお静まりください…」
祠の奥は闇が深く、何も見えないはずなのに、みきには何かが潜んでいるように感じられた。息をするたびに土の匂いが肺を満たし、石の下からは微かに歯ぎしりのような音が聞こえたような気さえした。
その夜。家族は再び円卓を囲んだ。皿の上には煮物と漬物、そして鶏肉の煮付け。ひかりが口を開く。
「この家に生まれてきたなら、守るべきことがあるのよ」
美香が静かに応じる。「でも、何も知らされないで守るのは、無理よ」
「黙りなさい」ひずみが箸を置いて言った。「知る者は、黙す者でなくてはならない。でなければ、穢れる」
みきはその言葉の意味を図りかねていたが、成美がわずかに震える手でお茶を飲むのを見て、言葉にはできない何かを察した。
その夜、みきは再び書庫を探った。埃をかぶった木箱の中に、古い地図のようなものが入っていた。牧田家の敷地を示す図の端に、囲われた印がある。そこには「地ノ底」「御座ノ間」と書かれていた。
「洞窟…?」
みきの背筋を寒気が這い上がる。
そして深夜。眠れずに階段を下りると、ひずみとひかりが土間で話しているのが聞こえた。
「次の満月には……あの娘を……」
「……もう決まったことよ。今さら迷うな」
「でも、誠司の気持ちは……」
その瞬間、板のきしむ音に気づいたひずみが振り向いた。みきは息を呑み、足音を殺して物陰へと滑り込んだ。
階下の奥、あの地下へ続く扉が、わずかに開いていた。
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