第4話 戻る家族(5月1日・午前)

2025年5月1日(水)午前

少し曇り。山の上から風が鳴るような音がしていた。


昨晩、美香ちゃんの部屋で眠った。

彼女はあまり喋らず、寝る前に一言、「夜、足音が聞こえても動かないほうがいいよ」とだけ言って毛布をかぶった。

私はうなずいたけど、正直よく眠れなかった。


朝、居間に下りると、居間の障子の奥から聞こえてきたのは、成美さんの声だった。


「ただいま、母さん。昨日は夜遅くて着けなかったから、朝にしといたわ」


私は思わず廊下を駆けて、障子の向こうへ顔を出した。


「あっ、みきちゃん? こんにちは。お邪魔してるわね」

成美さんは柔らかく笑って、少しだけ疲れた目をしていた。

その隣には、黒縁眼鏡をかけた穏やかそうな男性。誠司くんの父、次朗さんだった。


「やあ、はじめまして。息子がお世話になってます」


丁寧な言葉に、緊張していた私の肩が少しだけ下がった。

ふたりとも都会的で、普通の雰囲気をまとっていた。それが逆に、この家の空気とまったく調和していなくて、まるで別の世界から来たようにさえ見えた。


居間ではすでにお茶が出されていて、ひずみさんとひかりさん、大介さんも揃っていた。

成美さんは椅子に腰かけながら、話す。


「みきちゃん、昨晩はよく眠れた? 最初はびっくりするでしょ、この家。私も昔、ほんとに嫌でね…」


ひずみさんが静かに口を挟んだ。


「成美は、昔ここから逃げ出したからのう」


笑っているように聞こえるのに、言葉の端には冷たさがあった。

成美さんは一瞬黙って、それから「そうね」とだけ返した。


次朗さんが空気を変えるように、「ま、せっかく来たんだし、家族で過ごせるのは嬉しいよ」と話を続ける。


そのあと、誠司くんも現れて、家族が久しぶりに揃った。

だけどその空間には、何か「誰かがいない」ような、妙な欠落感があった。


まるでそこに、ひとり分の“席”が用意されているかのような…そんな感覚。


成美さんが「ゆらゆら様の話、もう聞いた?」と、私にこっそり囁いてきた。

私は思わず小さくうなずくと、彼女は眉をひそめて、「この家に長くいるとね、忘れたくても、夢に出るのよ」と呟いた。


その瞬間、私はひずみさんの目とまた合った。


その目には、「夢ならもう、始まっている」というような、不気味な確信が灯っていた。

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