第3話 晩餐(4月30日・夜)
2025年4月30日(火)夜
晴れ、ときどき風の音が変なふうに聞こえる。
夕方、荷解きが終わってから居間に通された。
食卓は想像以上に豪華で、木製の長テーブルには山のような煮物、刺身、天ぷら、岡山名物らしいままかりの酢漬けなどが並んでいた。
誠司くんが「おふくろの味ってやつかな」と笑っていたけれど、どう見ても手料理とは思えない量だった。
ひずみさんがゆっくりと入ってきて、頭を軽く下げて座る。隣にいた娘のひかりさんと旦那の大介さんは、言葉少なに料理をよそってくれた。
その間、誰もテレビをつけようとしなかったし、会話もあまりなかった。
静かすぎるのに、なぜか頭の中がザワザワした。
息子の翔くんが途中からふらりと現れた。金髪をオールバックにして、口元にピアスが光っている。革ジャンを羽織ったまま、椅子にドカンと腰を下ろして「やる気ねぇな」と小声でつぶやいた。
家族は見て見ぬふりをしていた。
「みきちゃん、好き嫌いはない?」と、ひかりさんが尋ねてきた。
「いえ、大丈夫です」と答えると、「そう」と笑った。でもその笑顔は、どこか貼りついたように見えた。
それから、少しずつ皆が箸をつけ始めた。
私は刺身を一口食べた瞬間、なぜか妙な違和感を覚えた。
新鮮だったし味に問題はない。でも、喉に通る途中、まるで生暖かい視線が背中にまとわりつくような…そんな気持ち悪さがあった。
ふと、視線を感じて顔を上げた。
ひずみさんが、こちらをじっと見ていた。
でもその視線は私ではなく、私の肩のあたりを見ているような気がした。
目が合った瞬間、ニタァ…と笑った。
その笑みの中に「気に入った」という言葉が、なぜかよぎった。
私は誤魔化すようにお茶をすすった。
その直後、テーブルの下で何かが「コト…」と鳴った。
猫でもいるのかと下を覗いてみたけれど、なにもなかった。
でも、足元にひんやりした風が這い回った気がして、ぞっとして足を引っ込めた。
美香ちゃんが「今夜、あたしの部屋に泊まっていいよ」とぽつりと言った。
目を合わせようとしないその様子が、優しさというより、まるで「ひとりにさせたらまずい」とでも言っているように感じた。
晩餐は、ほとんど無言のまま終わった。
私の胃には、料理よりも不気味なざわめきだけが残った。
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