Day.18『交換所』
鬼が街に襲撃してきて、その狙いが自分たちだと知った二人は、そのまま街を出て山の中を駆けていた。木々の合間を縫って、草を踏みしめ駆けていく。
自分も戦うと申し出たが、火織と琥珀に即却下された。葵は一応、この街の客人。客人に戦わせるなど、あってはいけないと凄い形相で言われてしまった。
街のある結界の中。その山の深く、街の喧騒が聞こえなくなったところで二人は用心しながら足を止めた。
「疲れた……」
「大丈夫ですか?」
「はいっ、」
肩で息をしながら後ろを振り返るが、誰も追ってくる気配はない。少しだけほっと胸を撫で下ろす。
その隣で、火織は手のひらに狐火を灯した。青白い狐火に手をかざすと、瞬く間に鳥の形に変わっていく。その鳥になにか小さく囁くと、鳥はぱっと羽ばたいて飛び立っていった。
「今、母に伝令を飛ばしました」
「ありがとうございます。琥珀さんや管狐ちゃんたちは、大丈夫ですかね?」
「きっと大丈夫ですよ。佳紅樂おじ様もお強いですし、個体によりますが、管狐は一部凶暴なので」
火織は用心深く竹藪だらけの周りを見渡す。
着の身着のままでてきてしまったから、これからどうするかさえもわからないままだ。できるだけ情報が欲しかった。
「街のあちこちに鬼がいたから山へと出てきてしまったけれど……ここも鬼が
その時、ぽっと火がついたように思いついたことがあった。
思わず苦笑いが零れ、それを見た火織は「どうされました?」と
「あの、火織さん」
「はい?」
「鬼が私たちを狙ってるなら……いっそ、このまま本拠地に乗り込みませんか?」
「えぇ?!」
すぐさま火織がギョッとしたような声をあげる。
けれど提案した葵は至って冷静だった。
「鬼の数が多いなら、本拠地を叩いて総大将を討ち取らなきゃ、この騒動は終わらないと思うんです」
多分これはメゾンワンダーで生活を始めた弊害だろう。
メゾンワンダーの住人たちは、揃いも揃って好戦的だ。思考も物騒になるのは当然だった。
「貴女も狙われているんですよ? そんな危険なことに巻き込んでしまっては……」
「鬼の狙いは私たちなんですよね? それなら、私たちが町から離れることで、鬼も私たちを追って、町から離れるかもしれないじゃないですか。これで敵を潰せたなら一石二鳥ですよ!」
胸を張って言うけれど、火織は「ですが……」と言い淀む。
「火織さん。私、あーちゃんから水を操る力をもらってるんです」
葵は胸元に着けた水色の石がついたブローチを握りしめた。あーちゃんからもらったこのブローチは、葵が能力を存分に使う際に必要なものだ。
途端、着物の周囲に光の粒子が散った。光の粒子は意志を持っているように葵の周りに渦を巻き、やがて抹茶色の着物と小豆色の袴に編み上げられていく。
すっかり衣装が変わった葵を見て、火織は息を飲んだ。
「私、こう見えて強いんです」
火織は額に手をやって困ったような、でも少し口の端を持ち上げて「なんて人だ……」と呟いた。
「策はあるんですか?」
「そ、それはこれから考えます……」
乗り込むことしか思いついていなかったから、どうやって鬼を倒すかは考えていなかった。
そもそも火織も、持っている情報が少ない。鬼はどれだけの数がいるのか。鬼一体の攻撃力はどのくらいなのか。二人で倒すにはどれくらいの妖力が必要か。
そう考えると、これって結構無謀なのでは? と今更背中に汗が流れた。
「あの、ものすっごく今さらなんですけど……巻き込んでしまってすみません」
火織はふと考えるように瞼を伏せた。そして「葵さん、狐はどうして人を化かすのだと思いますか?」と、突然聞いてきた。
「え、ええっと……」
今度は葵が言い淀む。
「狸は臆病です。その臆病を隠すために相手を化かします。ですが、狐は違います」
今まで会った中で一番意地の悪そうに、唇に弧を描いた。
「――相手が慌てふためく様を見るのが愉しくて、化かすんです」
蒼寿郎が聞いたら怒り狂いそうな台詞だ。
そしてすぐに元の柔らかく微笑んだ。
「ですので、巻き込まれたなんて思っていませんよ。策は移動中に考えましょう」
立ち上がって手を差し伸べてくれる。その手を掴んで立ち上がると同時に、何かを捉えたのだろう、火織の耳がピンッと立った。
「……鬼の気配ですね」
「とりあえず、
「えぇ」
頷き合うと、ここまで駆けてきた時よりも音を立てて、走り出した。
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