Day.15『解読』

 佳紅樂かぐらのガラス工房を出た後も、葵たちはいろいろな店を回った。たまに管狐くだぎつねを追いかけて路地に入ったり、狐の子供たちと童歌を歌って遊んだりもした。犬山の明治村でもこんな風に歩き回って、謎解きや解読のイベントに参加したこともあったなぁ、なんて思い出したりしていた。



「葵さん、お腹すいてませんか?」

「確かに、ちょっと……」

「この先にオススメのお食事屋さんがあるんです。そこでお昼ご飯にしましょうか」

「やった、火織の奢り〜」

「奢らないからね」


 そう言って連れてこられたのは、この町では有名な料理人のお店だという。趣のある平屋建てからは、とてもあたたかくて美味しそうな香りがふわりと外まで漂ってくる。


「ここは、母の友人が経営しているんです」

「そうなんですか」


 あたたかい色合いの暖簾のれんをくぐると、萌黄もえぎ色の狐が出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ〜 あら、火織ちゃん、琥珀ちゃん」

「こんにちは花楓かえでさん。今日は三人なんですけど」

「はいどうぞ〜 奥の席空いてますよ」


 花楓さんと呼ばれた妖狐は、尻尾が三つある。妖狐は年を経て妖力が増すにつれて尻尾が増えるのだと、琥珀に教えてもらった。さっき会ったガラス屋の佳紅樂は五つ、火織と琥珀はまだ若いからか、尻尾は一つだけだ。

 奥のテーブル席に腰を下ろして、お品書きの紙を机に広げて、三人で頭を寄せる。


「わ、たくさんあるんですね」

「はい、どれもオススメなんです」

「私はこのお団子が好きなんですよ、葵さん、一緒にいかがです?」

「じゃあ、この桜団子をお願いします」

「なら俺もそれを貰おうかな」

「はーい。そうだ、ねぇねぇ、油揚げお浸しを改良してみたんだけれど、いかがかしら?」

「え……!」

「ほんとですの?!」


 油揚げ、と聞いた途端、二人の耳がピンッと立った。琥珀の方は尻尾もそわそわと嬉しそうに揺れている。マタタビを堪えている猫みたいにも見えて、葵は笑いを堪える。狐は油揚げが好きと聞くが、やっぱり大好物な血筋なんだな。


「じゃあ、それも三つお願いします。私も食べてみたいです」

「は〜い、油揚げのお浸しも三つ、承りました〜」


 伝票を書きながら尻尾を振って花楓さんは厨房へ入っていった。


「やっぱり、狐って油揚げ好きなんですね」

「まぁ、これは失礼。ばればれでしたかね、火織?」

「えぇと、さっきから尻尾と耳が動いてて」

「あ……すみません、つい」


 琥珀が言うには、耳や尻尾の動きについては無意識の領域で、自分ではどうにもならないのだとか。


「いやっ、でも、尻尾だけなら意識すればなんとか……」

「ずーっとだと、気を張りつめちゃいますからね〜 昔から火織は感情がすぐに尻尾に出て、分かりやすいんですよ〜」

「そ、そんなことは」

「あぁ、確かに……さっきのガラス屋さんでも」

「えぇっ、そうでしたか?!」


 うわぁ、と恥ずかしそうに火織は口元を手で覆ってしまった。これは人前で欠伸しないのと同じ感じなのかもしれない。そう思うと、葵よりもずっと年上の彼らが、ちょっと可愛く見えた。



「おまたせしました〜 桜団子と、油揚げのお浸してございます」


 改良されたという大判の油揚げのお浸しは、しっかりと油抜きがされていて、ほんのりと甘い出汁の香りが漂っていた。ひと口齧るだけでじゅわっと上品な出汁が溢れ出てくる。一緒に添えられたほうれん草も青臭さはない。これは、妖狐のみんなが好きになるのも頷けた。食後に運ばれてきた桜団子も、もちもちとした食感に控えめな甘さの中にほんのりと桜が香り立って、とっても美味しかった。


「そういえば火暖ちゃん、容態はどうなんですの?」

「うん、少し食欲が出てきたみたい」


 今朝は小豆を使った粥を、小さい器だけれど一杯を食べてくれたという。昨日のうちに、火乃香さんやお屋敷の料理板の方に教えたうちの一つだった。


「そうなんだ、よかった〜」

「それもこれも、小豆洗い様……それと、葵さんのおかげです」

「いえ、そんなことは」


 正面に座った火織が、葵の方を向いて柔らかく微笑む。桜の花が綻んだような笑みに、思わず葵も恥ずかしくなって肩を竦めた。

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