Day.14『浮き輪』
蒼寿郎が火乃香の元へ走り出したその頃、葵は狐の町を火織と琥珀に案内されながらあちこち見ていた。
現代日本と比べると、古風な街並みで、どこかで見たような街並みだ。車の代わりに人力車が走り、和洋折衷の建物が軒並みを連ねている。まるで明治大正あたりの時代にタイムスリップしたみたいだった。
(そういえば犬山の明治村も、こんな感じだったなぁ……)
可愛い
「あ、ここもおすすめですよ〜」
琥珀に手を引かれてやってきたのは、白い洋風の館。軒先に綺麗なステンドグラスの看板がかけられている。
「硝子屋さん、ですか?」
「正解です! ここはですね、狐火を使った硝子細工のお店なんですよ〜」
琥珀に手を引かれて中に入ると、落ち着いた木の内装の中に、色とりどりのガラス細工が飾られていた。
「
「おじ様、お邪魔します」
二人が店の奥に声をかけると、軒先に吊るされた風鈴の華奢な音と真逆な、野太いガラガラ声が店内に響いた。
「おぅ、ガキどもか。ま〜た遊びに来たのか」
お店の奥、ちょうど死角になっていて気づかなかったが、そこでぬっと大きな人影が動いた。バーナーでガラス棒を炙っていた壮年の男性が顔を上げ、色の着いたメガネをくいっと下げて、葵たちの方を見る。
「あら、遊びに来たらダメなんて言われてませんわ。それに、今日はちゃあんとお客さんもいますのよ」
琥珀は葵の背中を押して前に出す。
「ん〜? おぉ、火乃香んとこに来た妖怪が連れてきたっていう姉ちゃんか」
「は、初めまして、葵といいます」
テーブルにあるバーナーの火を息を吹いて消すと、ゆっくりと腰を上げて店の方まで出てきてくれた。
「おぅ、俺ぁ
「こちらこそ、よろしくお願いします」
佳紅樂は見た目は厳ついおじ様だけれど、喋り方はとても優しい。見た目も声もどっしりしているからか、大きな竈の傍に居るような、ほっとできる安心感があった。
「まぁゆっくりしてきな。大したもんは置いてねぇけどよ」
「はい、ありがとうございます」
厚みのある式布の上にガラスペンや、動物の形を模した置物や文鎮が並んでいる。どれも繊細な模様が彫り込まれていて、見ているだけでワクワクしてくる。天井からはいくつか風鈴やガラス細工のランプが吊るされていて、反射した光がキラキラと壁を彩っていた。
「どうですか、おじ様の作品は」
「どれも素敵ですね……! 目移りしてしまいます」
「あはは、わかります。俺も母上と来てたんですが、一つだけ買ってもらえることになって、すごく迷いました」
「火織さんは、その時なにを買われたんですか?」
「吊るし飾りです。ガラスの魚や貝殻や浮き輪が吊るされていて、日に当たると光が綺麗に反射するもので」
「わ、それは素敵ですね」
ふと、目にとめたのは小さなガラスドームだった。
両手のひらに乗るくらいのものだ。中に小さな花が一輪刺してある。オブジェだろうかと持ち上げてみると、中で花がゆらりと揺らめいたような気がした。顔を近づけてよく見てみると、葉っぱや茎はガラス細工だけれど、花びらの部分だけが虹色の炎のようになっていた。
「あの……これは?」
「俺も初めて見るものですね」
「おじさま〜、これなぁに?」
「こらこら〜、お前さんたち、勝手にあちこち探るんじゃねぇの」
三人の後ろからぬっと覗き込んだ佳紅樂は、葵が手にしたガラスドームを見ると「あぁそれかぁ」と髭を生えた顎に手をやった。
「それはなぁ、花びらの部分を狐火にした試作品だ。気に入ったんなら、来てくれたお礼だ、姉ちゃん持ってきな」
「え、そんな、ちゃんと買います!」
「いーのいーの、言ったろう? 試作品だって」
「ありがとうございます」
ガラスドームが割れないように追加の祝福をかけながら、佳紅樂がこそっと「ただし割るんじゃぁねぇぞ」と耳打ちしてくる。低い声がさらに低くなって、それは地響きに似ていた。
「も、もちろんです」
「そいつァ、狐火を閉じ込めてんだ。純度の高い狐火ってぇのは、それだけ火力が強いことになる。割ればどうなるか、賢そうな姉ちゃんなら解るよな?」
「はい、解ります……割らないように気をつけます」
緊張感を持って返事をすると、ふっと皺を深くすると、葵の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「わっ?!」
「ま、なんか危ねぇ目に遭ったら、そいつ投げつれりゃあ逃げる時間くらいは稼げるだろうよ」
さっき割るなって言ってたのになぁ、と過ぎったが、乱暴な手つきに頭がぐりぐりされて思考が吹っ飛んでしまった。子どもを褒めるときみたいに優しかった。
「ねぇおじ様、私にはありませんの?」
「おめぇさん達は金落としてけ」
「あら、おじ様ったらケチんぼですのね」
そう言いながらも、琥珀は楽しそうにガラス細工のアクセサリーを選んでいた。火織もいくつかガラスペンを手に取り、その使い心地を比べている。
そのうち、二人よりも小さな狐の子たちがやってきて佳紅樂にガラスの細工を見せてとねだった。佳紅樂も「懲りねぇな」とボヤきながらも、再びバーナーに火をつける。
「嬢ちゃんも見てきな」
「ありがとうございます、では遠慮なく」
そう誘われては断れない。小さい頃にあーちゃんに手を引かれて行った駄菓子屋みたいな、懐かしい雰囲気に、思わず笑みがこぼれたのだった。
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