Day.12『色水』
「わぁ、葵さんとーっても似合ってます!」
「そ、そうですかね……ありがとうございます」
呉服屋の一室で、琥珀の弾んだ声が響く。
彼女が出してきてくれたのは、桜色の着物に抹茶色の袴。着物の胸元や袴の裾に、控えめに花の刺繍が入っていて可愛らしい。桜餅を連想させるような、なんとも春らしい装いだった。
「やっぱり私の見立て通りっ! さ、こちらへどうぞ~」
薦められた鏡台の椅子に座ると、高級そうな大きな櫛で髪を梳いてくれる。
「これ、本当に素敵なお着物ですね」
「ふふっ、ありがとう。私の兄様が、桜の枝を使って染めたものなんですよ」
「染色って、花びらからじゃないんですか?」
「そうなんですよ。種類によっても色が違って、ソメイヨシノでピンク色を、八重桜や枝垂桜でオレンジ色を出すんです」
「へぇ、初めて知りました」
「あとで兄様の工房も行ってみましょう。使った色水が、と〜っても綺麗なんです」
「いいんですか? ありがとうございます、楽しみです」
琥珀は大きくゆっくりと櫛を入れていってくれる。普段なら髪先が櫛に引っかかることが多いんだけれど、丁寧に梳いてくれるので、まったくそんなことはない。
ふと、琥珀が髪のひと房をそっと持ち上げる。
「葵さんって髪質が良いのね。ふわふわでとっても触り心地がいいわ」
「そうですか? すぐに絡まっちゃうんですけど」
「あらそう? 私はほら、こんなまっすぐだから、こういう巻き髪あこがれちゃいますけどなぁ。あぁそうだ、簪はどうしましょうか?」
長細い布をくるくると解いて、たくさんの簪を見せてくれた。琥珀と一緒に少し悩んで、桜の枝を彫り込まれた、黒い漆塗りの簪を出してきて髪に挿してくれた。
「はいっ、終わりで~す」
手鏡を持ってきてくれて後ろの髪型も見せてくれる。簪も綺麗に差してあって、自分ではこんなふうに上手に飾れないから、尊敬してしまう。
「あ、そうだ忘れてた。ちょっと待ってください」
腰を上げようとした葵を引き止めて、琥珀は鏡台の引き出しから小さな缶を出した。蓋を開けて見せて貰うと、中には細かな桜の花びらがたくさん入っていた。
「これは……?」
「これは私が使えるおまじないみたいなものですよ。あ、そこに立っていてくださいね」
琥珀は桜の花びらを少しだけ手にとると、葵の頭に向けて、ふっと息を吹きかけて飛ばした。吹き飛ばされた桜の花びらが、頭の上でくるくると旋回すると、小さなピンク色の光と一緒に、ぱっと花火のように散った。ふわっと広がる桜の香りと共に、身体の内側がほのかにあたたかくなっていく。
「わっ……あの、これは?」
「祝福のお守りです。この呉服屋では、買ってくださった服に、こうしておまじないをかけることが多いんですよ」
「そうなんですね……ありがとうございます」
「さっ、行きましょ! 案内したいところが、たくさんあるんです」
にこっと微笑んでくれた琥珀に手を引かれて部屋を出た。
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