Day.8『足跡』
九頭竜ダムからだいぶ歩いた九頭竜湖の
あーちゃんを先頭に歩いて行くと、足元の地面に点々と足跡がついているのに気づいた。人のものと、小さな獣のものだ。まだ新しいな、と蒼寿郎が教えてくれた。
最初はそうなんだくらいにしか思っていなかったけど、なんとなく変だ。九頭竜ダムが観光地とはいえ、人の気配のないところなのに、こんなにたくさん足跡があるのは不自然だ。蒼寿郎も警戒しているようで、葵の隣にぴったりくっついて離れない。
「あーちゃん、こっちで合ってるの?」
「ん〜、火織が言うには、もう少し行ったところに夢のかけ橋と呼ばれる橋があるらしくてのぅ。そのあたりの、九頭竜桜の並木に迎えを寄越すと言っておったわ」
「橋だぁ? どこにあんだよ」
スマホで調べてみると、その橋は
コンクリートできちんと舗装された橋からは、深いエメラルドグリーンの湖面と、湖を取り囲む山々が一望できた。
「わぁ……! すっごくいい眺め!」
風もなく、緑の匂いが満ちた空気を胸いっぱいに吸い込む。
愛知には大きな池はあるものの、こんなに景色が良くて壮大な湖はないから、なんだか知らない世界に来たみたいで、胸がドキドキと高鳴った。
隣に立ったあーちゃんも、手で日除けを作りながら目を細めて山々を眺めた。
「天気が良くてよかったのぅ。遠くまでよく見えるわ」
今この季節は緑で覆われている山々だけれど、春には桜、秋には紅葉が楽しめる絶景スポットでも有名だそうだ。山々が綺麗な桜色に染った景色を思い浮かべると、とても幻想的だ。
「春にも来てみたいなぁ……」
「混みそうじゃがのぅ」
一方、蒼寿郎は特に何もないように遠くを見ていた。
「そーちゃんの育った山って、こんな感じだったの?」
首を振りながら「こんな洒落た場所じゃねぇよ」と低い声で言った。
「オレんとこの山はもっと深い。人間がおいそれと来れるような場所じゃねぇからな」
「……そっか」
いつか行ってみたい、と何度か言っているけれど、その度に蒼寿郎に「人間が行ける場所じゃない」とやんわり断られている。
ゆっくり景色を眺めながら夢のかけ橋を渡り、桜並木を目指す。
「あの辺?」
「そうだな」
すると、桜の木の間からひょこっと白い生き物が顔を出した。生き物はこちらに気づくと、ぴょこぴょこと走りよってきて、あーちゃんの前にやってくると、すっと立ち上がった。
「これはこれは、小豆洗い様御一行でしょうか?」
声を上げたのは白い狐だった。
「そうじゃ。お主は?」
「はい、
「そうか、それはご苦労じゃった。では案内を頼めるか?」
ぺこりと頭を下げた白い狐、穂緩は、ちらりと蒼寿郎の方を見て訝しげに丸い眉を顰めた。
「そちらは狸のお方でございますか?」
その言葉に蒼寿郎もきっと眉をつり上げる。しかしその前に、あーちゃんが割って入った。
「すまぬが、男手がコイツしかおらんくてのぅ。ほれ、我の友人の愛娘もおることだし、
荷物持ちのところを強調してあーちゃんが頼むと、渋々と穂緩は承知してくれた。
「なるほど、そうでございましたか。承知致しました。それでは、気を取り直して、こちらでございます」
穂緩が向かったのは、桜と桜の合間の空間。
ぴょこん、と穂緩がその間を通ると、ふわっと姿が消えた。
「え、消えた?」
「ほほぅ、転移の術か」
面白そうにあーちゃんは口の端を上げる。
「大丈夫じゃ、狐の里はきっと異空間なのじゃろう。それ、我らも行くぞ」
あーちゃんが躊躇いもなしに桜の間を通ると、煙のように姿が消える。それを見た蒼寿郎は、ぐっと葵の手を掴んで引き寄せた。
「アオイ、手ぇ離すなよ」
「うん」
しっかりと蒼寿郎の手を握り返して、ゆるゆると揺れる空間に飛び込んだ。
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