Day.6『重ねる』

「おい葵」


 ノックしてすぐに部屋の戸が開く。遠慮なく入ってきたのは、メゾンワンダーに住む魔法使い、クロエだった。


「クロエさん、返事する前に部屋に入らないてくださいって、言ってるでしょう」

「悪い悪い。ほれ、頼まれてたもんだ」


 ぽんと放り投げられたものを受け取る。真鍮でできた古風な装飾が施された鍵。


 クロエはオールマイティに技を使い分けるが、その中でも最も得意とするのが、魔法陣を使った補助魔法。特殊なインクと魔法具のガラスペンで描かれたそれは、一時的な強化を得たり、防御や攻撃ができる。さらに魔法陣を重ねれば、複合魔法に応用できる。

 そんなクロエの魔法陣を、メゾンワンダーの住人たちは鍵に仕込んである。それも個人専用の魔法陣だ。一日一度限定で、各々によって効果が異なるが、葵に関しては防御魔法中心で、危険に晒されると勝手に発動するようになっている。


「妖力ってのは魔力と違ぇらしいからな。得体が知れねぇし、万が一の為に最大火力の防衛陣を仕込んでおいたぜ」

「ありがとうございます」


 首からかけられるように紐をつけていると、クロエは「そうそう」と付け加えた。


「そいつの発動条件だがな、ちょいと特殊なんだ」

「いつもみたいに勝手に発動してくれないんですか?」

「まぁな。ちょいと耳貸せ」


 ◇


 大野へ向かう日。どれくらい向こうにいるかわからないから、ある程度の着替えや用意をまとめたキャリーケースを玄関まで運んでいたときだった。

 玄関のチャイムが鳴り、リュックサックひとつだけ背負った蒼寿郎が、両手をポケットに手を突っ込んで、不機嫌な表情を隠さないで立っていた。


「本当に来た……」

「当たりめぇだろ。一人で行かせるとでも思ったか?」


 絶対に拒否なんてさせない。そんな無言の威圧を感じ「いえ、滅相もありません」とつい敬語が出てしまった。


「おぉ、蒼寿郎来たか。ちょうど良い、これ持ってくれ」


 蒼寿郎が手ぶらなのをいいことに、あーちゃんが引きずるように持ってきた大きなボストンバッグを目の前にどんと置いた。


「なんだこれ」

「まぁまぁ、いいからいいから。ほれ、今日のお主は荷物持ちなんじゃろう?」


 は? と金色の目をつり上げる蒼寿郎は、一層不機嫌さを増して葵にはちょっとだけ怖く感じた。けれど、そこは何百年も生きてきた妖怪のあーちゃんだ。まったく物怖じしない。


「え〜蒼寿郎ちゃんってば、こんな重たいものをか弱そうな女の子二人に持たせるの〜? 我はいいけれど、葵にはちと荷が重いのではないか? 番の女の子がこんな重たいものを一人で持って、お主は手ぶらってのは、今の時代、ちと有り得ぬのぅ〜」


 わざとらしく声を高くして、蒼寿郎を煽るような演技をしてみせる。そんなことして大丈夫なのか、とはらはらしながら見守っていると、案の定、彼はその煽りに軽々と乗った。


「は? 誰がこんな重たいものをアオイに持たせるかよ」


 ボストンバッグを軽々と持ち上げて肩にかけると、空いたもう片方の手を葵に差し出す。

 え、と戸惑いを隠せない葵に、蒼寿郎は深いため息をついた。


「アンタの荷物もよこせ。オレが持つ。それ、アオイのだろう」


 葵の足元にあるキャリーケースを指す。


「ううん大丈夫、これは自分で……」

「いいから」


 有無を言わせず、蒼寿郎は葵のキャリーケースを持ち上げてしまった。


「他にねぇか?」

「もう大丈夫」

「さっすが蒼寿郎ちゃん〜男の子〜! 頼りになる〜! じゃあこれも……」

「それはテメェが持て」

「え〜 蒼寿郎ちゃんのいけず〜」

「その呼び方やめろ。で、どうやっていくんだ?」

「ほっほっほ、そう焦るな。足はもう来る」


 やがて、遠くからガラガラと車輪の音が聞こえてきた。


「今回は、ちと変わった方法で行くぞ」

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