フラメンコは指先から
最初にその音を聴いたのは、たまたまつけた動画だった。
細い指が信じられない速さで弦をはじき、靴音のようなリズムと、情熱があふれそうな旋律が画面の向こうで炸裂していた。
「…これ、なに? 」
何度も巻き戻して再生した。
それが“フラメンコギター”だと知ったのは、その次の日。
そして翌週には、彼女の部屋にそれが届いた。
楽器店の店員さんに「フラメンコのギターがほしくて…」と伝えたとき、少し驚かれた。
「クラシックとはちょっと違う音が出ますけど、大丈夫ですか? 」と聞かれ、うなずいた。
「弾けるんですか? 」とも聞かれた。
「いえ、全然」
即答だった。
楽譜は読めないし、指も太くて器用じゃない。
音楽の授業ではいつもリコーダーが下手だったし、中学のとき少しだけ触れたギターも、Fコードの壁にぶつかってやめた。
でも、その夜、膝にのせたフラメンコギターの木の感触に、彼女はたまらなく胸が高鳴った。
まず最初の一音を鳴らすのに、小さな動画を何本も見た。
右手の手のひらを使って叩く“ゴルペ”の仕方。
親指を軸にする“ラスゲアード”という奏法。
肘の角度、指の当て方、弦の響かせ方。
最初のうちは、まったくそれらしくならない。
でも、とにかく音が出るのが嬉しくて、毎晩、夜ご飯のあとにぽろんぽろんと音を鳴らし続けた。
「なにそれ?」と笑いながら見に来た妹に、「フラメンコだよ」と胸を張った。
「なんの曲?」と聞かれて、「わかんない」と言って笑い返した。
うまくなるつもりは、あった。
でもそれよりも、弾いている時間が、どうしようもなく自分のものだと感じられることが大事だった。
誰の期待でもなく、評価でもなく、ただただ、かっこいいと自分が思った音を、追いかけている時間。
ある夜、ゴルペの音が少し、あのとき画面の向こうで鳴っていたリズムに近づいた気がして、彼女は一度ギターを置き、深く息を吸った。
「…よし」
その指先にはまだぎこちなさが残っていたけれど、そこに灯っているものは、最初よりずっと確かなものだった。
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