傘のなかの青空

仕事帰り、駅を出たとたん、空が割れたような音がして、あっという間に、雨が降ってきた。


大粒の、容赦ないやつ。

ポツリ、の次はもうバシャバシャ。

道行く人たちが一斉に走り出す。


もちろん私は傘を持っていなかった。

朝は、あんなに晴れていたのに。


「…うわ、まじか」


一瞬立ちすくむけれど、スマホを濡らすのも嫌だし、スニーカーが水を吸ってきたし、観念して駆け込んだのは、近くのコンビニ。


店内は同じような人でいっぱいだった。

スーツの人、買い物帰りの人、制服姿の学生。


みんな無言で傘の棚に向かう。

白いビニール傘がずらりと並ぶ中、私は一番手前の一本を取った。


ちょっと重くて、骨が太いやつ。

「あ、これは頑丈そう」なんて、選んだつもりだけど、どれも同じに見えた。


レジを終えて、傘を開きながら外に出ると、そこに雨はなかった。


濡れたアスファルトがキラキラしていて、水たまりには空が映っている。


さっきまでのざあざあは幻だったかのように、空は、もう青くて明るい。

風が吹き抜けて、どこかから陽が差し込んでいた。


「……え? 」


私はひとり、ビニール傘をさしたまま立ち尽くす。


さっきまでの、湿った空気が嘘みたいに、カラリと乾いていた。


なんだそれ、と笑ってしまいそうになる。


でも。

なんだかちょっと、うれしかった。


ビニール傘のビニール越しにみた世界は、少しだけやわらかくて、やさしい色をしていた。


傘をたたんで、空を仰ぐ。

白い雲が、少しずつ流れていく。

耳を澄ませば、遠くで蝉が鳴いていた。


買い物袋を片手に、私はゆっくり歩き出す。

濡れた地面を踏みしめるたび、水たまりが揺れる。


ちょっとした濡れ髪も、もう気にならない。


なんだかきょう、いい日だったかもしれないな。


そう思いながら、私は買ったばかりの傘をくるくる回して持ち帰った。

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