1000字くらいの身近な話
千葉朝陽
カルーセルに乗る女
平日の昼過ぎ。
曇りがちな空の下、遊園地はほどほどの賑わいだった。
小さな子どもを連れた親たちと、制服姿の学生たち。
そのなかに、ぽつんとひとり、大人の女性がいた。
薄いベージュのトレンチコートに、スニーカー。
手には小さめのショルダーバッグ。
目立たないけれど、整った姿勢と無駄のない歩き方に、どこか品があった。
彼女はまっすぐに歩き、園内の奥、静かな角にある回転木馬の前で立ち止まった。
——カルーセル。
彼女は心の中で、そう言い直す。
「メリーゴーランド」という響きが、どうにも子どもじみている気がして、苦手だった。
「カルーセル」。そのほうが、この美しい造形には似合っている。
昔ながらの装飾。
木馬のたてがみの流線。
金と赤のひさし。
オルゴールのような音楽。
列はなかった。
係員にチケットを渡し、ひとり、白馬にまたがる。
ふわりと動き出す。
回転しながら、上下する馬のリズムに、体が自然とゆだねられていく。
ほんの数分間。
子どももカップルもいない、自分だけの為に回るカルーセル。
降りたあと、彼女はベンチに腰をおろし、スマホを取り出して時間を確かめた。
まだ午後の早い時間。
それから、園内のカフェでホットドッグとコーヒーを買って、テラス席に座る。
スマホでニュースを眺めたり、本を読んだり、遠くのジェットコースターの悲鳴をぼんやり聞いたり。
けっして他のアトラクションには近づかない。
並ぶのも、絶叫するのも、そもそも興味がない。
カルーセルに乗るために来た。
有休を使って来た。
それ以外の時間は、ただその場にいるためのもの。
ページをめくる指の動きが止まり、彼女はふと顔を上げた。
空が少し明るくなっていた。
——もう一度、乗ろうかな。
立ち上がって、またカルーセルの方へ歩く。
午後の光に照らされた木馬たちが、さっきよりも鮮やかに見えた。
二度目の回転は、風が少し涼しくて、音楽も違って聞こえた。
心の中のざらざらしたものが、少しずつ、音とともに剥がれていくようだった。
降りるとき、係員に小さく会釈した。
その仕草には、「ありがとう」よりももっと私的で、密やかな意味が込められていた。
「また、来よう」
彼女はそうつぶやいた。
カルーセルだけのために。
その静かな回転だけが、自分を整えてくれると知っているから。
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