第3話
「オーライ、オーライ。よいしょっと」
地上へ向けて真っ逆さまに落ちるノアをフレッドが受け止める。
「たく無茶しやがって」
「成功したから無茶じゃない」
「ヘロヘロの奴が何言ってやがる」
ノアとフレッドは飛行魔法で速度を制御しながら降下する。
アークソレイユと地上の中間点辺りで少女を抱えたトールと合流した。
「無事だったかノア。あの黒服はどうした?」
「しばらくは動けない筈だ」
「あいつ
「総合的な実力は向こうが上だよ。力も体躯もな。けど向こうはオレのこと舐めてたから想定外なことに対して動きが止まったとこを蹴り飛ばしてやった」
フレッドがサングラスをかけ直して言う。
「流石は我らが
ノアは【天空】に、世界の支配者たるアークソレイユに反旗を掲げる
「今のところ順調だが狙撃には警戒しろ」
トールがフレッドに注意を促す。
「少なくともお前は大丈夫じゃねーか?」
フレッドは高所に怯えて強く目を瞑る少女を見る。
「神子を避けて撃っても神子はそのまま地上へ向けて真っ逆さまだぜ」
その言葉を聞いた少女が体をびくりと震わせる。
「フレッドそのくらいにしておけ」
「お、おう……」
フレッドに抱えられているノアが優しく少女を宥める。
「連れ去りはしたがオレたちはお前に危害を加えるつもりはない。だから安心しろ」
「は、はい……」
少女は目尻に涙を浮かべる。
◇◇◇
その頃、荒廃した大地の広がる【地上】のとある人気のない場所に高く積み重なった岩の上で空に浮かぶ天空島を見つめる赤髪の青年がいた。
「また上を見てるのお兄ちゃん」
継ぎ接ぎだらけの人形を大事そうに抱える少女は青年の横に座り同じように上を見る。
「ミアあれを見ろ」
青年が指した方向を見る。遥か遠方。だが確かに見える人影がある。
「また誰かが堕とされたのかな?」
「…………いいや……」
青年は不敵に微笑んだ。
「あれは神の落し物だ」
青年は慣れた足取りで飛ぶように岩を降りる。
「行くぞミア。落し物は持ち主に返してやらねーとな」
◇◇◇
ノアたちは地上へと降り立つ。
少女はゆっくりと目を開く。
視界には草木が一切生えない、剥き出しの大地がただ広がる。
「……ここが下界なのですね」
少女は何もない大地に対して物珍しさ故か興味津々な目を向ける。
「きれい……」
真っ直ぐに大地を見据えた、素直な心から出た感嘆の声だった。
しかしその場に止まればすぐにアークソレイユの追手に見つかるだろう。
フレッドもトールも降下の際に使用した飛翔魔法で魔力が切れたので遮蔽物のある場所まで走る。
少女はノアにおぶられていたが息苦しそうな荒い呼吸が少女の耳を打つ。
「はぁっ……、はぁっ……」
「はぁっ……ノア!代われ。神子は俺が抱える」
「はぁ……はぁっ……大丈夫だ。今はトールの方が消耗してるだろ?それに想像以上に軽い」
彼に身を預け、抵抗する意志がまるでない少女をノアは不思議に思う。
視線に気づいた少女は不思議そうにノアを見つめる。
「随分と落ち着いているな」
「そう、ですね……多少抵抗したところで今の私は無力ですから」
少女は苦笑いを浮かべた。
少女は杖を持っていなかった。大聖堂でノアに抱えられた際に落としてしまった。
魔法使いはそれぞれ魔法を使うための
しかし神子である少女には
しばらく走ると建物の瓦礫が積み重なった場所に到着した。かつてどこかの種族が住んでいたのかもしれない。
比較的形が保たれ、倒壊の恐れがなさそうな建物の中に入る。
「とりあえず、ここまで来れば大丈夫だろ」
フレッドが座り込み、壁に背を預ける。
「それにしても追手が全くこなかったな」
トールは
「ダイジョブダイジョブ。たぶん俺様特製の魔力を一切使わない科学の結晶――爆弾ちゃんがお仕事してくれたのさ」
フレッドは口角を上げて悪い笑みを浮かべる。
「いつの間に……」
「いやー、何事も備えておくもんだね〜」
調子が良くなって鼻歌が混じる。
「俺らの拠点まであと二、三日かかるから休める内に休んどけよ」
ノアは少女を適当な場所に座らせ、水の入ったコップを渡した。
「ありがとうございます」
少女は警戒することなく水を口に含む。緊張で乾いた口が潤い、喉を湿らせるのがよく感じられた。
一時間程休憩すると三人は立ち上がった。
「悪いけどお前はまた俺の背中だ」
有無を言わさずにノアは少女をおぶる。
「あ、あの……」
少女に声をかけられて不思議そうな視線を返す。
「降ろして……くれませんか?」
ノアは眉を顰めた。
「降ろしてくれたら自分で走ります」
「何を言っている」
人質に自由を与える馬鹿が何処にいるんだ、とトールが怪訝な顔をする。
「私は私の意志で、貴方方に攫われます」
少女が何を言っているのか誰も理解出来なかった。この少女は何かおかしい。『一般』や『普通』といったものから外れている。三人はそう感じた。
「駄目……でしょうか……?」
「いやいやさすがに駄目っしょ」
「瓦礫に気をつけろよ」
ノアは少女を降ろした。
「「ノア!?」」
彼らがノアを叱責する横で地に足をつける感覚に少女は感動していた。
たどたどしく、恐る恐る一歩、また一歩と歩を進める。
「……これが地面を踏む感覚」
その場に膝をついてしゃがみ、土に触れる。
「これが土……いえ砂ですか……?」
少女は一人呟く。
「……これが……ここが下界」
「おい」
トールが少女を射殺すような鋭い目付きで睨みつける。
「下界って言うんじゃねぇ。見下してんのか?」
トールの凄みに圧倒され、委縮しつつも少女は謝罪する。
「そ、そんなつもりは……申し訳ございません」
ノアがどこか申し訳なさそうな目をしていたがその視線に気づかないほど少女は気分が高揚していた。
「でも……。ふ……ふふっ……」
少女は可愛らしい無邪気な笑みを浮かべながら足踏みをしたりその場でクルリと回ったりする。
その様子をフレッドとトールは奇異の目で見る。
「な、何してんだ嬢ちゃん?」
「私、初めて外に出たんです。教会以外の……石じゃない土……大地を歩くなんて生まれて初めて」
「はぁ?まじか……」
地面の感触に嬉々としている少女を驚愕とした眼差しで見つめる。
「『祝祭』の儀式以外の日は何してんだ?」
少女の足が止まる。
「何も。ずっと聖宮に……自分の部屋で本を読んでます。部屋の外へは祝祭のときしかでません」
「それって儀式のときだけってことかよ」
「そう……ですね……。大聖堂内も全容を把握していませんけど……」
シエルは現在15歳。物心つく頃には聖宮で暮らし、祝祭の時にだけ信者に姿を見せてアークソレイユを守護する結界を張っていた。
「とんだ箱入り娘だな」
「本当はあなた方に攫われたことに対してもっと危機感を抱くべきなのでしょう。ですが私には全てが新鮮で勝手に足が跳ねてしまいます」
少女はその場で舞い踊る。作法も手順もなく、今の彼女の思いのままに体を動かす。
ノアは彼女の手を取り、もう片方の手を腰に回して彼女の踊りに合わせる。
「私にとってお伽噺だった地上がこんなにも美しいところだなんて思いませんでした」
「そうか……」
二人の様子を少し離れた位置で見るトールが心中を漏らす。
「なんだよ……。この荒れ果てた大地の何が美しいってんだ」
ノアが問いかける。
「なぁ、名前は?」
「えっ……?」
「ずっと『神子』なんて呼ぶのもあれだろ。それとも神子には名前がないのか?」
「…………ありますっ!」
神官にも信者にも『神子』と呼ばれ続けていたが彼女にも彼女だけの名前がある。もう呼ぶ者がいないと思っていた名が。
「……シエル。……私の名前はシエルです!」
「……そうか。俺はノア。よろしく、シエル」
名前を呼ばれ、彼女の心はさらに浮上する。
それを見たノアもはにかんで笑う。
端末を操作しながら俯瞰して見ていたフレッドが呟く。
「珍しいな。あいつがあんな顔するなんて」
「たしかに……。俺らのリーダーであろうと魔法が使えないのに大人ぶって気を張ってるもんな」
シエルはノアにもう一度名前を言うように求めた。ノアは怪訝そうにしながらも、それくらいならと言う。
「……シエル」
それを聞いて彼女はまた笑う。
――シエル。そう……私はシエルです……。
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