第2話

 襲撃に戸惑う銀髪の少女を片腕に抱き寄せる。


「えっ……――きゃ!?」


「おのれ神意に叛く異端者め!神子様を放されよ!!」


 クロヴィスが激昂して杖を少年に魔法を放つ。


 しかし魔法は放つどころか構築もされず不発に終わる。


「何故だ?何故私の魔法が発動しない!?」


「悪いね。今大聖堂の周囲には魔封じの結界を張ってんだ。だからお前らみーんな『ただの人間』だ」


 憎々しげに少年を睨む。


「それと、これ以上近づくのもおすすめしない。命の保証ができないからな。どの命かなんて野暮なこと聞くなよ?」


「……少年よ……神子を離しなさい」


 蹴られた腹部を押さえながらジュリアスが立ち上がる。


「子供といえど……教会への……いえ、神子への狼藉は大罪です……」


「こっちも乱暴する気はないし、借りてくだけさ。ちゃんと返すよ」


 悪びれる様子もなく軽い口調で話す少年の態度にジュリアスは奥歯を噛み締める。


 クロヴィスが天子隊ガーディアンに異端者の少年を殺すよう命じる。


天子隊ガーディアン!叛徒を捕らえ神子様を救出せよ!」


 天子隊ガーディアンは神子とアークソレイユを守護するための軍隊。彼らは魔法だけでなく武術や剣術といった非魔導技術や科学なども用いてあらゆる場面を想定した上でそれに対処できるよう訓練されている。


 少年はワイヤー銃を天井へ向けて撃ち込み、格子に絡めて固定する。天井で待機していた少年の仲間がワイヤーを引き上げて少年と彼に抱えられた神子を引き上げる。


 浮遊感に恐怖を感じた少女が短い悲鳴をあげ、少年にしがみつく。


「あまり動くな。揺れる」


 言葉の割に彼はしっかりと少女を抱えている。頭が少年の胸にピタリとつく。彼の鼓動が少女に安心感を与える。


 天子隊ガーディアンが実弾銃を構える。


「オリヴィエ隊長っ!このままでは神子様が連れ去られます」


「あぁ、わかってるよ……」


 三十代という若さで天子隊ガーディアンの隊長を務めるオリヴィエは軍人とは思えないほど綺麗な顔立ちをした長髪の美丈夫である。同時に隊長とは思えないほど気怠げそうに兵士に答える。


「まったく……説明してくれなくても見えてるよ」


「発泡許可を!」


「ばーか。君の弾じゃ神子さまを傷つけるかもしれないでしょ。責任とれるの?」


 発泡許可を求めた兵士は押し黙る。そこそこの腕前はあっても百パーセントの自信は彼にはなかった。


「よいしょっと」


 ガントレットを装着した小柄な女性が総重量二十キロはありそうな重厚なミニガンを軽々と持ち上げて上空に吊り下がる二人に向ける。


「ちょいちょいレジーナちゃん。僕の話聞いてた?神子さまに当たっちゃうでしょ」


 レジーナはむうっとむくれる。


「えー、でも逃げられちゃうよ?」


「大体どこから持ってきたのさそれは……」


 オリヴィエは頭を抱えて呆れる。


 多くの兵士が銃を構えたまま発泡を躊躇っていると、神子より少し年上であろう黒髪の少年が颯爽と歩み出る。兵士の一人を蹴飛ばすとその場にしゃがみ、淀みなくライフルを構える。


 ジャキンと弾が装填され、スコープを覗き込み、照準を獲物――少年の頭部に定める。


「どうして君たちはいつも命令聞いてくれないなぁ」


 オリヴィエは飄々とした様子で呆れる。だが、そこに焦りはない。


 瞬間、人を射殺すかのような鋭い視線を黒髪の少年に向ける。


「ヴァル、当てられるな?」


 信頼の込められた一言。


「当然」


 黒髪の少年――ヴァルフォルトは口角を上げ、獲物を狩る者として相応しい獰猛な笑みを見せながら引き金を引く。


 発泡音の少し後、ガキンッと金属同士がぶつかり合う金属音が響いた。


「……嘘だろ」


 ヴァルフォルトは驚愕を顕に目を見開く。


「剣で銃弾叩き落とすとはね。いい動体視力だ」


 オリヴィエが関心している横でレジーナが興奮気味に少年を褒め称えていた。


「神子様抱えたまま剣を振るなんてやるじゃない!あたし杖に腰かけてない男は好きよ」


「レジーナ、そういうことは大声で言わない。僕も部下にほしいとは思うけどクロヴィス司教に叱られちゃう」


「それよりいいの?逃げられるよ。もう一度撃つ?」


「レジーナの意見は兎も角……彼、やるね……どうしようか……」


 オリヴィエが思考を巡らせる。


「うーん。屋上にはカノンくん向かわせたから大丈夫かな。うん。彼に任せちゃおう」


 オリヴィエは飄々とした口調で人任せにした。


◇◇◇


 屋上に引き上げられた少年は仲間と合流する。


「な?成功したろ?」


 少年――ノアを天井で待っていたのは彼の二人の仲間。


「余裕ぶってる暇はねーぞ。天子隊ガーディアンの増援が来る前にずらかるぞノア」


「その生っ白い嬢ちゃんが神子か?ちっせーな……」


 三人は【天空】――アークソレイユから離脱するべく外縁へと走る。


 少女はノアに抱かれたまま訝しげな表情をサングラスの男と細身の男へと向けていた。


「追手が来る前にさっさと地上に降りよう。神子を抱えてるのに正確にオレの脳天を狙ってくるスナイパーがいた」


「うへー。流石はエリートの天子隊ガーディアン様」


 細身の男――トールは心底天子隊ガーディアンたちを嫌っているのか嫌悪感を顕にする。


「あそこから降りるぞ」


 サングラスの男――フレッドが差した先、天空島の端が目前まで迫る。


「死ねっ!!」


「……――っ!」


 突如背後から剣身も柄も真っ黒な剣がノアをめがけて振り下ろされる。


 しかし殺気がだだ漏れな天子隊ガーディアンの存在にいち早く気づいたノアは少女を抱えつつも剣で払い捌く。


 他の天子隊ガーディアンとは異なる黒い隊服を纏う男は舌打ちをして、刃のように鋭い蒼氷色の眼光がノアを睨みつける。


「ちっ。もう追いつかれたか……」


「予想より早すぎじゃね!?」


 一瞬反応が遅れるもトールとフレッドも臨戦態勢に入る。


「後ろからなんて随分卑怯なことするな」


「黙れ!この異端者共!神子様から離れろ!!」


「カノン……」


 激昂する黒服の天子隊ガーディアン――カノンを少女は悲しそうな瞳で静かに見つめる。


「フレッド、トール。神子を連れて先に行け」


「「了解」」


「きゃっ!」


 ほぼ投げ渡される形で少女はノアからトールへと渡る。ノアのように抱き抱える形ではなく、肩に担いで走る。


「待て!」


 一瞬にしてノアの横を抜けて少女を担ぐトールまで迫る。


 カノンが剣を振り下ろす。


 キンッと金属同士がぶつかる音が響く。


 ノアもまた一瞬にして移動し、カノンの斬撃を防いだ。


「神子はオレたちに必要な存在だ。悪いが連れて行く」


 カノンは三度の斬撃を入れる。


「巫山戯るなガキが!貴様ら下界の落伍者が気安く触れて良い方ではない!」


 しかしそのどれもがノアによって受け流されるか弾き返される。


 ノアは溜息を吐く。


「お前ら空の奴がそういう考えだから必要なんだよ」


「戯言を……!」


 二人は激しい剣戟を繰り返す。


「お前らはオレたちを異種族を見下している」


 カノンは鼻で嘲笑う。


「はっ、当然であろう。我等は世界という身体を正常に保つ調整者だ」


 カノンが黒剣を空へと掲げると十本の雷が次々と降り注ぐ。


「貴様らという悪性腫瘍を取り除き、異種族どもという身体の一部が勝手に暴走を起こして身体に害を出さないよう脳である我等が統制するのはおかしな事ではあるまい?」


 降り注ぐ雷をノアは体捌きだけで交わす。


 ノアが防戦一方のように見えるこの剣戟だが背後を走る二人に危害が及ばないよう気を張り詰めつつ、自身もダメージを負わないよう立ち運ぶノアの技量は高度なものだ。


「そんな考えだからつけ入るスキもある」


 雷を抜けたノアはカノンの懐に入り、重い蹴りを鳩尾に入れた。


「ぐぁ……!」


 カノンは苦痛に顔を歪ませた。

 

 しかしノアも汗が髪を濡らし、頬から滴り落ちる。息は乱れて明らかに疲弊していた。


 二人はすでに神子を連れて地上へ降下していた。


 ノアは息を整え、うずくまるカノンに言う。


「じゃあな。神子に危害を加えるつもりはないから安心しな」


「ま……ゲホッ……ゲホッ……待て……っ!」


 カノンが必死に起きあがろうとする。しけし力が入らず、ノアは倒れるように地上へと降りた。


「神子様を返せ……。神子様あああぁぁぁ!!」

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