理想郷
文月 夜兎
第1話
世界は二つに分たれた。
繁栄と栄華を享受する人間の楽園――『天空』
数多の種族が争い戦火の爪痕と荒廃した大地が広がる異種族たちのかつての楽園――『地上』
神に選ばれた唯一種である人間は、神から分け与えられた『魔法』の力を使い、天空国家『アークソレイユ』を築き、煌々と地上を照らした。
一方、地上の異種族たちは絶大なる魔法の力を背景に人間の管理下に置かれた。
全てが人間に管理された事により争いはなくなったかと思われた。しかし荒廃した大地の中でより良い環境を求めて、残り少ない生きている土地と資源を求めて争いは続いた。
◇◇◇
窓がついていない閉ざされた部屋。
闇に囚われたその部屋には、純白の儀式用の礼装を纏った銀髪の少女が一人。
少女は首から下げたペンダントを服の中から取り出す。魔道具であるペンダントを開いて魔石に魔力を注ぎ込むと空中に何枚もの写真が投影される。
写真の一枚に手を伸ばした時、人の気配を感じた少女はペンダントを閉じた。同時に写真も消える。
黒い布で顔を覆い隠し、黒い法衣を纏う淡い金髪の男性が少女の部屋に入る。
少女の部屋の外――廊下の明かりが薄っすらと少女の部屋を照らす。
「明かりを消してどうしたんだい?」
男性は不安感を取り除くような柔らかな声音で問いかける。
「久しぶりの外だから気が高まってしまったから明かりを消して落ち着けていただけです」
「そうですか」
男性は優しい手つきで少女の頭を撫でると少女の前に跪いて少女の手を取る。
「……神子よ。準備はよろしいですか?」
「はい」
少女は人形のように単調に返事を返す。
「あなたの元気な姿を国民の方々に見せてお上げなさい。五年に一度のこの日を民たちは楽しみにしているのですから」
「はい」
廊下から男性とは違った別の黒い法衣を纏った神官が二人に声をかける。
「神子様、ジュリアス様。時間です。こちらへ」
ジュリアスにエスコートされ少女は歩く。
多くの意匠が拵えられた荘厳な扉。この先は広間を一望できる大聖堂。
少女は深呼吸をして扉の先へと足を踏み出す。
「…………っ」
照明とは違った明るさに目が眩み、目を細めて目元を手で覆った。
「おお……神子様だ!」
「神子様がお出になられた!」
「なんとお美しい……」
広間に集まった信徒の歓声が大聖堂を鳴動する。
「…………」
少女は自分を崇める人々をどこか物憂げに見つめる。
彼らからは彼女がどのように写っているのか彼女自身にはわからないが彼女から見た彼らまるで区別がつかない。
「彼らに手を振ってあげなさい。貴女の一挙手一投足は彼らの心を慰め、救う」
「はい」
少女はジュリアスに促され人々に手を振る。
「おお……!」
「神子が我らに手を!」
再び人々の歓声が大聖堂内を鳴動させる。
「神子さまーっ!」
「みこさま僕にもー」
幼い少年の声のした方向へ微笑みながら手を振る。
「おお……微笑みになられた」
「なんと麗しい……」
その様子を見てジュリアスは満足気に呟く。
「それでいい。貴女は私たちの神子――道標なのだから」
少女が着席するとジュリアスの補佐を務める神官――クロヴィス司教が儀式の進行をする。
「神に選ばれたアークソレイユの民たちよ。我らに魔法を与えて下さった神エスティアを信ずるエスティア教徒たちよ。五年に一度の祝祭の日が訪れました」
クロヴィスが話始めると大聖堂内は一気に鎮まり返り、皆が耳を傾ける。彼の厳格な声は緊張感を持たせる。
彼は歴史を語った。
「千年前我ら人間は異種族たちに蹂躙され喰われ、ただ滅びの時を待つだけの最弱の種族であった」
人々の前に巨大なスクリーンが現れかつて地上にいた人間たちが巨大な化物に踏み潰される絵や獰猛な牙の餌食になる絵が投影される。
「人間たちは毎日神に祈り続けた。しかしどんなに祈ろうと救いの手は現れなかった」
世界に絶望し地に臥せて手を組みひたすらに神に縋る人々。
「とうとう人間という種は十人ばかりとなった。彼らは神に見捨てられたのだと信仰を捨てたその時奇跡は起こった」
クロヴィスが大仰に腕を広げと大聖堂は眩い光に包まれた。
「人間を襲う異種族たちを天から降り注ぐ眩い光が一掃したのです」
白銀の髪と翼を持つ少女が、杖を振るい異種族たちを一掃する。
「少女は次に人間たちに向けて杖を振るいました。人間たちは突如現れたこの第三者の少女によって滅ぼされるのだと確信し、その生殺与奪をゆだねました。すると人間たちは消されないどころか体が光に包まれました」
白銀の少女が人間を慈しむ。
「この瞬間、人間たちはこの白銀の少女が神である事を理解し、神の意志を知りました。神はずっと嘆いておられた。争いが終わらず死にゆく
白銀の少女が涙を流す。
「神は言われた。このままでは世界が滅びると。これを救うためには世界を纏める他ないと」
クロヴィスが言葉を区切るとスクリーンの絵が消え、今まで静謐に人形の如く座していた少女が立ち上がり三歩前に出る。
「あなた方『人間』がこの世界を治めなさい」
少女は無表情で無機質な声で語りかける。
「あなた方には私の力の一部、救済の力――魔法を授けましょう」
少女が神言を言い終えると信徒たちが各々の杖を天高く掲げ、それぞれが小さな光球を空へと放つ。
そして再びクロヴィスが大仰に腕を広げる。
「さあ祈りましょう我らが神を。アークソレイユの繁栄を」
少女の背丈よりも頭二つ分は長く、先端には黒い宝玉がついた杖を高く掲げた。
杖が眩く青白く光る。
ガシャァアアンッ!
杖の光が最高点に達する直前、けたたましく天井のガラスが割れる音が大聖堂を木霊する。光はガラス音と共に消滅する。
降り注ぐガラスから少女を庇おうとジュリアスが覆い被さる。
信徒たちはパニックを起こし、慌てふためく。
「ご無事ですか!?ジュリアス様!神子様!」
ガラスが降り止み、焦燥した様子でクロヴィスが駆け寄る。
「あぁ……大丈夫だ。天井のガラス窓が砕けたのか……?」
ジュリアスは砕けたガラス窓を確認しようと慎重に上を見上げた。
「……――っ!?」
「よっと」
上空から一人の少年が落ちて三人の前に着地する。
薄汚れたフードを被った少年が悠々と歩き、ジュリアスに抱かれるように庇われている少女の前でしゃがむ。
ジュリアスの腕の中で少女はおそるおそる少年を見る。
少女の金色の瞳と少年の色素のない瞳が交錯する。
「お前が神子だな?」
「は、はい」
少女は戸惑いつつも少年の問いに肯定する。
すっと少年は立ち上がる。
「ほい。ちょっとごめんねっ」
「がはっ」
少年に腹部を思いきり蹴られたジュリアス後方の壁へと飛ばされた。
「ひゃっ!」
「……悪いな」と少年は悲鳴を上げた少女にそっと耳打ちした。
「っえ?」
少女を抱き寄せて声高々に宣言する。
「こいつは俺たち
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