司(つかさ)どる花々は雄々しく、 空(くう)を舞う花弁は――― 永遠の愛を乞う

エデン

第1話  小説の中に転生か!? 強烈な継母と腹違いの姉

 

 え、あれっ?さっきまで自分の部屋にいたのにここはどこ? 

なにこれ なんなのこのボロボロの部屋……。


て、 わたしもしかして異世界転生?

 

さっきまで読み始めた小説の中に?


バラをテーマにした小説だったけどこれってヒロインのリラ?


       


 あわてて鏡を探すが見つからない。埃まみれの床に ひしゃげた木箱の傍らにひび割れた手鏡が転がっていた。


 すかさず手に取ると鈍く曇った鏡面におぼろげながら淡い銀の髪にグリーンブルーの瞳が映っている。


 「うわあぁやっぱりそうなんだ! リラに転生しちゃったんだ!?」 


いやさっきまで小説を読んでいたから夢を見ているだけなのかもと頬をつねるが痛い 驚きから絶望に変わるのは秒の速さだった。


 「はあ—…これからどうしよう……」


 リラ——いや、私 はひび割れた手鏡を見つめながら途方に暮れていた。ほんの少し前まで、暖かい部屋でお気に入りの紅茶を片手に小説を読み始めたばかりだったのに。


この物語、面白そうだと思ったのに ヒロインの境遇があまりに重くて、途中で読むのをやめようかと思っていた。なのに、まさかその 重い人生に転生してしまうなんて。


 床に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。ボロボロの小屋、埃まみれの空間、凍えるような空気。それに、腕や足の感覚がどこか違う——。まるで、ずっと飢えていたかのように 体が痩せこけ、手や足を見る限りあざだらけだ。青紫の斑点があちこちに刻まれている。


「これって、転生じゃなくてただの悪夢なんじゃ……?」


自分の 頬を再度つねってみる。痛い。しっかりとした 現実の痛み がそこにあった。

じゃあ、ここは本当に小説の世界? 私は本当にリラなの?


 そう思った瞬間、外からざわざわとした足音が聞こえた。足音は 複数、そして せわしない。誰かが、この小屋に向かってくる——。


「ねえ、そろそろわたしたちの役に立ってもらわないとね?」


扉が 荒々しく開かれた。


そこに立っていたのは 継母シャルロッテと腹違いの姉エメリア。


「魔女の血を引く哀れな娘さん、お前に休む時間なんてないのよ」


シャルロッテとエメリアが小屋にはいってきた。 


「あぁああああぁあ—— あばばばばば! あっばばぁ!?」


びっくりするやらあわてるやらで声にならない声が飛び出す。

(あぁっ、あっばばぁっていっちゃったよ、うわーどどどうしよう!ばばぁって言ったと絡まれたら)

リラのその心配は杞憂に終わった。

シャルロッテとエメリアの意識は、リラをいびるといういつもの関心と違っていたからだ。




二人の冷たい視線が小屋の中を這うように動く。リラは内心、まずい と叫びながらも、顔にはぎこちない笑みを張り付けた。


「 何か御用でしょうか? 」


とっさに何事もなかったようにごまかそうとしたが……。


「何よその奇妙な叫び声は?」エメリアが眉をひそめる。


リラはすかさず 「あーーーな、なんでもありません!」 と答えたが、喉が乾いて声が裏返る。

シャルロッテはじっと彼女を見つめ、不快そうに鼻を鳴らした。


「どうせろくでもない考えをしていたんでしょう?」シャルロッテが冷たく言う。


「お前は余計なことを考えずに、黙って命令に従いなさい。」


それに、エメリアが小さく笑った。


「ねえ、今変な呪文でも唱えていたんじゃないでしょうね?」


その言葉に、リラの背筋が凍った。まさか、彼女は本当に 魔女の娘として疑われている?


「違います!ただ、驚いてしまっただけです!」ぶんぶんとかぶりを振る。


「ふぅん?」


姉は疑わしげにリラを見つめた後、無造作に 部屋の隅にあるものを蹴飛ばす。


「何を企んでいようが関係ないわ。お前には、私の代わりに隣国に嫁いでもらわないとね」 


これ以上、絡まれないようにうつむいていたが驚きで継母と姉をまざまざと見上げてしまった。


「 えっ、 結婚ですか?  」 


「 ええ、そうよ。 」


「  相手は誰ですか? 」


「 パープルヒュース王国の王子よ。」


   

「「 結婚出来てうれしいでしょう? 愛のない政略結婚だけどねぇ 

     オホホホホホッ———   フフッ 、 アハハハハハ!———   」」




リラの拳がぎゅっと握られる。このままじゃダメだ…。ここから抜け出さないと…!

     

           死亡路線まっしぐらだ……!


リラの心臓が強く跳ねる。政略結婚——それは、名ばかりの婚姻であり、実際には 人質として隣国に縛りつけられること を意味していた。

パープルヒュース王国の王子? 小説の中では冷酷で非情な男だったはず。彼に嫁ぐということは、自由を奪われるどころか、最悪 命さえ危うい。

継母は冷たく微笑む。


「ほほ、安心しなさい。王国のために犠牲になることこそ、おまえの唯一の役割なのだから。」


「 まぁ、それにしてもいつ来ても人間のすむところじゃないわねぇ———

 埃っぽっくてかび臭い おお嫌だ!」 


「 家畜でもこんなところに住まないんじゃない? 」

ハンカチで口を抑えながら二人が言う。


「「 ホントよねぇ———— オホホホホホッ  アハハハハハハ!————— 」」


まだ何かあるのか二人は含み笑いを浮かべていたがやっと厄介払いができたとあって上機嫌だった。


「ああそれと、陛下におまえを連れてくるようにいわれているから1時間後には鏡の間に来なさいよ」


いつもは嫌味と暴力を振るわれるのだが嫌味を言うだけで立ち去って行った。



◇ ◇ ◇



 リラ——冴木莉羅は、厩番のぼろ小屋の部屋の中を見まわしていた。

薄暗く埃っぽくかび臭い部屋の中には干し草を重ねた上にぼろ布をおおった簡素なベッド。ひび割れた手鏡や焼けこげたペンダントは、 母の形見だったがエメリアにちょっとした細工をされてしまったものだ。


 いつもエメリアは貸してちょうだいと言っては

「あんたの使い勝手のいいようにいいあんばいに手をいれてあげたから」と、 元の状態で戻ってきたことはない。

先ほどの怒涛の如く対面した二人から解放され、ホッとすると急に額のあたりがズキズキと痛みが増してきた。


 「痛ったーい、昨日モップの柄の先で殴られて気を失っていたんだっけ?!」


ほんっっっと一分一秒でもぼろ小屋にいたくないくせに、いつも嫌がらせしにくるんだから。


継母は黒髪紫の瞳を持ち凛とした女性で深い紫色の絹のドレスは豪奢だったが全体的にギラギラしていた。胸元には大きなエメラルドが、指にはこれでもかというぐらいダイヤをあしらった指輪を何本もはめている。

漆黒の扇は手元で忙しなく動き、時折、力強く扇ぐせいで、香水の濃厚な香りが周囲に漂い、息苦しさを感じさせる。見た目こそ堂々としているが始終イライラとして落ち着きがない。


一方、姉はまばゆいばかりの華やかさだ。淡いピンクブロンドの髪は柔らかく波打ち、青い瞳がきらきらと光を反射している。ドレスは、まるで花の咲き乱れる庭園をそのまま纏ったかのようだった。艶やかな赤と金の刺繍が施されたそれは、彼女の姿をより一層引き立て、装飾が多いにもかわらず不思議と上品な印象を与える。彼女は軽やかに歩きながら、さりげなく揺れるイヤリングや細やかな指先の動きまでもが美しかった。


前世の記憶がもどってからシャルロッテとエメリアを初めて見たがなかなかに強烈なキャラだった。継母はギラギラ、異母姉はきらきらかぁ——。


二人をまともに見てしまった時には「なに——じろじろ見てんのよ」ってよくひっぱたかれていた——特にシャルロッテに。


「このドレス素敵でしょう あんたにも機会があれば貸してあげる 機会があればね?」 ってよくからかわれたなぁ——エメリアに。


それだけならよかった。エメリアは頻繁にリラにアメとムチを使った。














 







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