第7話名前のない日々。

今回は過去編です。


 


【数年前・某国の訓練施設】


 


その施設には、名前がなかった。

少年たちは番号で呼ばれ、笑わず、夢を見ずに眠った。


 


神谷零は——当時、「No.09」だった。


 


銃より先にナイフを握らされ、

人を殺すと「褒められた」。


情を持つな、感情は刃を鈍らせる、それがこの世界の掟だった。


 


でも、09は時々、夜になるとこっそり壁に何かを刻んだ。


 


「ゼロ……か。語感は悪くないな」


 


数字ではない、自分の“名前”を探していた。


 


 


【訓練】


 


「次。09、ターゲットは右。射撃5秒以内。」


「了解」


——パン、パン。

的確に急所を撃ち抜く。


他の子どもたちが恐れたり目を逸らす中、09だけは微動だにしなかった。


 

「感情の欠如。優秀だな。貴様は“処理者”に向いている」


 


処理者。

それは、“誰かの敵を殺す”のではなく、存在ごと“消す”ための役職だった。


 


(感情なんて、あったら壊れる。壊れるなら、初めから持たない方がいい)


 


だがそれでも、彼には——

ほんのわずかに、“ぬくもり”の記憶があった。


 


「……お前は、ゼロでいいの?」


施設の外でたまに出会う、名前を知らない少女がいた。

訓練とは無縁の場所で偶然出会った“街の子”。


 


「ゼロって、“何もない”って意味だろ? それじゃ、寂しいよ」


 


「……俺にはそれがちょうどいい」


 


その日だけは、彼の手は震えていなかった。


 


 


【転機】


 


彼が“仕事”に出されてからしばらくした14歳の時。

ある任務で彼はターゲットの少女を殺さなければならなかった。


その少女は——

かつて施設の外で会った、あの少女だった。


 


「……ゼロ、なの?」


 


(……何で、お前が、こんなところに)


 


「……逃げよう。ここから、逃げて、生きよう」


 


その瞬間、09は初めて「命令に背いた」。


任務失敗。

施設からの“処分対象”に切り替わる。


 


彼は少女の手を取り、

背後から撃たれ、仲間を何人も倒し——


 


逃げた。


それが彼の“脱出”だった。


 


 


【現在・学校の屋上】


 


神谷零は、屋上の風を浴びながら、

自分の過去を“風の音”に重ねる。


 


「……普通に生きたい。

 ——それが、あの時、俺が逃げてきた理由だ」


 


ポケットの中に、小さな“鉄製のナンバータグ”。


“09”と書かれた、それが、彼の“地獄の証拠”。


 


神谷:「……もう、あそこには戻らない」


 


その目の奥に、消えない光と闇。


 


 


> ——第7話・過去編ー


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