第4話「彼女の目にはすべて映っている」
第4話「彼女の目には、すべて映っている」
——彼女は、よく笑う。
——誰にでも分け隔てなく優しい。
——成績も運動もそこそこ、器用貧乏。でも、人気は高い。
花守心音。クラスの良心とでも言うべき存在。
けれど、彼女にはもう一つの顔があった。
──観察者。
それも、ごくごく自然な形で、誰にも気づかれずに“人を見抜く”目を持っている。
神谷零。どこか不自然なクラスメイト。
“ただのドジで天然なやつ”というポジションにいるが、
心音の目には、それが“演技”であることが、ほんの少しだけ見えていた。
(——あなた、そんなに器用じゃないのね)
心音は、気づいていた。
彼の「天然ムーブ」が、“ミス”ではなく“意図的なブレーキ”であることに。
そして今日、彼女は一つの仮説を立てた。
仮説:「神谷くんは、危険な人間を演じているわけではない。
……危険な何かを“隠している”。」
——そう、今日は心音にとって、彼を“観察”するための一日。
観察対象は、昼休みの屋上にいた。
【昼休み・屋上】
「ふあ〜……風、気持ちいいな……」
神谷が柵にもたれてパンをかじっている。
(……不自然。あの位置、校舎内の死角……人目を避ける訓練経験がある者の行動)
彼のカバンは“常に背負う位置にある”。机に置かない。
これは「即時移動」または「武器持ち逃げ」を想定した癖。間違いなく訓練による無意識。
(でも、そこまでの警戒をする必要、普通の高校生活にはない)
心音は静かに、パンを持って隣に腰を下ろす。
「ねえ、神谷くん。なんで屋上?」
「え? いや、人が少なくて……落ち着くし」
「ふーん……本当は“人がいないと何か困ることでもある”んじゃない?」
彼の手が一瞬止まる。だが次の瞬間、天然ムーブ発動。
「いや、俺って実はパンが下手でさ! 食べてると変な音とか出ちゃって……はずかしいし?」
「パンが下手」って何だよ。
だが、笑ってしまった。
不覚にも、少しだけその“作られた天然”に、心が動いた。
(ねえ、神谷くん。あなたはどうして、そんなに“普通”にこだわるの?)
【放課後】
心音は“罠”を仕掛けた。
教室のゴミ箱に、故意に落ちていたメモ帳の一部を忍ばせたのだ。
そこには“暗号”のような落書き。明らかに怪しい。普通の人間ならスルーする。
だが、神谷は——
「ん? ……これは……」
即座に拾い上げ、指で紙の端をこすった。
繊維を確認してから光に透かす。
間違いない。“訓練を受けた人間の調査反応”だ。
だがその直後——
「うわぁ!? なんだこれ!? なにこのヤバそうな中二ノート!? 誰の!? 俺のじゃないからな!?」
バレたことを察知し、“天然”で押し切ろうとしている。
心音はその様子を、廊下の隅から静かに見つめていた。
(やっぱり、“演技”してる。……けど)
彼は悪意でそれを隠しているわけではない。
むしろ、必死に“普通”であろうとしている。それが分かるからこそ、気になってしまう。
【夜・花守家】
「……お姉ちゃん、最近よくスマホで何か見てない?」
妹の声に、心音はハッとする。
画面には——今日撮った、神谷の天然ムーブの写真。
“天然”として笑える構図だけど、心音の目にはわざとぶつかってきた生徒の角度を避けている足運びが写っていた。
——まるで、攻撃を“予見”していたかのように。
【その夜、神谷の独白】
「……花守、やっぱ気づいてるかもな」
部屋で呟く神谷。
「だとしたら……もうちょっと“ドジ”を増やさないと……」
机の上には「天然っぽい失敗パターン一覧」ノートがあった。努力の方向性が違う。
> ——そして、ふたりの“観察”と“誤魔化し”の攻防は続く。
> それは、心の距離が一歩近づく音と、正体が暴かれる寸前の音。
——第4話、完。
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