第2話


第二話「ドッジボール、それは戦場だった」


 


俺は今日も、“普通”を演じていた。


 


「おい、神谷って運動できなさそうじゃね? なんかヒョロいし」


「いやでも、ああいうやつが実は強いって漫画でよくあるだろ」


「バカ、現実は漫画じゃねーよ」


 


……うんうん。いいぞそのイメージ。まさに俺の狙い通り。

殺し屋だったなんてバレたら即終了なんだ。

“地味で、存在感がなく、どこにでもいるやつ”になりきる。それが神谷零の生存戦略。


今日の体育は……なんと……


 


「男女混合ドッジボールだああああ!!!」


「「「うおおおおおお!!!」」」


 


全然嬉しくねぇ!!!


 


俺はこの手の“球技”が苦手だ。いや、正確にはルールがよく分からん。

殺すか殺されるかの世界に、ドッジボールなんて競技なかったからな!


心の中でため息をつきながらも、俺は静かに赤チームに配置された。

そこには仁や椿、心音、美月の姿もいた。全員ヤバい。違う意味で。


 


---


 


試合開始から5分後。地獄が始まった。


 


「おらあああ!!!」

仁が叫びながらボールを投げる。威力で体育館の壁にヒビ入った。マジかよ。


「真鍋、OUT! というか今すぐ眼科と病院行ってこい!」


仁「うおおお、すまねぇ赤チーム! 熱くなりすぎた!!」


 


椿はルールの抜け穴をつき、ボールを“味方”に当てて退場。

「規律に反する味方が悪いので、私は悪くありません」とか言い残して去ってった。意味不明。


心音は、何かの策略を感じる“うっかりミス”で退場。


美月は敵チームの方でボールを投げてたと思ったら、いつの間にか俺の真横に立ってて「どちらの味方ですか?」って言われてた。スパイかよ。


 


そんなわけで、今——


 


「神谷ひとり!? マジで!? 残り全員向こうじゃん!!」


 


……俺、孤立無援。


ドッジボールで“一人 vs 全員”とか、無理ゲーすぎるだろ。


 


青チーム、円陣を組んでる。何その戦術会議。


「いっせーのせで全員で投げようぜ」


「オーケー! 一気に仕留める!!」


 


オイ待て、体育教師も止めろ! これは戦争だぞ!


 


——そして、その瞬間が来た。


 


「いけえええええええ!!!」


「「「おらあああああ!!!」」」


 


全方向から、10個以上のボールが飛んできた。

ドッチボールってそんなボールを使うものなのか?

 


だが——


 


「わっ——!!」


 


俺はつまずいた。本当にただの凡ミス。

膝をガクッとやって、地面に顔からダイブ。


 


……だが。


その瞬間——


全てのボールが、俺の頭上を通り過ぎていった。


 


【ざわ……ざわ……】


 


「避けた!?」「奇跡!?」「狙ったのか!?」


 


違う! ただコケただけだ!!!(泣)


 


俺が立ち上がると、なぜか観客は拍手していた。

先生まで「やるじゃねぇか、神谷……」とかつぶやいてた。何がどうしてこうなった!?


 


 


それでも、戦いは終わらない。


次の攻撃が来る。集中砲火だ。


だが、俺は——


 


ボールを見失ってキョロキョロした→たまたま横から飛んできたのを避けた。


鼻をムズムズさせてるときにクシャミ→しゃがんで避けた。


靴紐がほどけて屈んだ→真上通過。


 


結果、敵の数人が投げミスでOUT。


気づけば、向こうの人数も半分に減っていた。


 


 


「……まずいな。あの動き、ただの天然じゃねぇぞ……」


「相手を翻弄するために“隙”を演出してる。まさに心理戦……!」


 


違う! ただのドジっ子ムーブだ!!!


 


 


残りは3人。

ボールは俺の足元に一つだけある。


3人はボールを構えているが、動かない。

先に仕掛けさせようとしてるのか……。殺し屋の任務でよくあった展開だ。


 


いやいやいや! 俺、今、高校生! 普通の高校生!!“もう”殺し屋じゃねぇんだよ!!


 


俺は悩んだ末、足元のボールを取り、かなり抑えた力で投げた。


あ……調整ミスった……


ボールは一人目に当たったのちバウンドし、3人を一気に仕留めた。


 


「……うそ、当たった!?」


 


【勝利】


 


「赤チーム、勝利〜!!」


 


「うおおおお! 神谷、マジ伝説!!」


「最後まで残って、逆転勝ち!? ヒーローかよ!」

 


目立ちすぎてしまった……


 


【保健室】


 


俺は足を捻ったふりをして保健室に逃げた。


逃げ場所がここしかなかったんだ。俺の唯一の“セーフハウス”。


 


すると、ドアがノックされた。


「神谷くん、いる?」


 


——花守心音。来た。


 


「さっきの試合、すっごかったね。偶然にしては……すごすぎる」


「え、いや、ほんとに偶然なんだって……」


 


彼女の目が、わずかに細くなる。


「……ふふっ、冗談だよ。信じてるよ、“神谷くん”のこと」


 


去っていく心音。


……最後の一言の“神谷くん”に、なんか含みを感じたのは気のせいか?


 


 


【夜、自室】


 


布団に倒れ込みながら、天井を見つめる。


俺の脳裏には今日の体育がフラッシュバックしていた。


 


「……バレてないよな? あれで……」


 


ふと、机の上に置かれたクラスアンケート用紙が目に入る。


 


『神谷=神回避の伝説男』『天然で最強って反則だろw』


 


「違う……それは違うんだって……!!」


 


 


> 元・最強の暗殺者。今日も……


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