第21章 初めての共同研究、そして深まる理解
悠人の研究室訪問は、結衣にとって、AIという未知の領域への扉を大きく開いた。彼の説明は、単なる技術的な知識だけでなく、その技術が持つ可能性、そして社会に与える影響までを含んでおり、結衣の知的好奇心を深く刺激した。特に、彼が感情認識AIに取り組んでいると知り、結衣は、AIが単なる機械ではなく、もっと人間に近い存在になりうる可能性を感じ、強く心を惹かれた。
「悠人、このAIの基礎を学べる教材、すごく分かりやすいね! 私、Pythonのライブラリ、もうちょっと使えるようになったよ!」
その日の放課後、結衣はPC教室で、悠人に興奮気味に報告した。彼は、結衣の学習意欲に、いつも嬉しそうに微笑んでくれる。
「うん、結衣の吸収力はすごいからね。じゃあ、今度、実際にAIのモデルを組んでみようか。簡単な画像分類から始めるといい」
悠人の提案に、結衣の目は輝いた。彼との共同作業は、常に彼女に新たな学びと、達成感を与えてくれる。
そんなある日、悠人から、結衣にとって、さらに大きな提案があった。
「結衣、僕の研究室で、今、新しい感情認識AIのモデルを開発するプロジェクトが立ち上がったんだけど、よかったら、結衣も参加してみないか?」
悠人の言葉に、結衣は一瞬、息をのんだ。彼の研究室のプロジェクトに参加する。それは、これまで個人でLinuxを触り、プログラミングを学んできた結衣にとって、想像もしなかった大きなステップだった。
「えっ、私!? でも、私、まだAIのこと、全然分かんないよ…」
結衣は、不安に顔を曇らせた。彼の研究室のプロジェクトは、大学院生や上級生が中心だと聞いていた。そんな場所に、自分が参加して、足手まといになるのではないか。
しかし、悠人は、結衣の不安を察したかのように、優しく、そして力強く言った。
「大丈夫だよ、結衣。もちろん、専門的な部分は僕がサポートする。でも、このプロジェクトは、**大量の感情データの収集と、そのアノテーション(分類・タグ付け)**が重要なフェーズなんだ。結衣は、いつも周りの人の感情に敏感だし、細やかな気配りができる。その感性は、AIに感情を学習させる上で、すごく重要になると思うんだ」
悠人の言葉に、結衣は驚いた。彼が、自分のそんな部分まで見ていてくれたなんて。彼は、単に結衣の技術的なスキルだけでなく、彼女の人間性までを評価して、このプロジェクトに誘ってくれたのだ。その事実に、結衣は胸が熱くなった。
「私に…できるかな…?」
「できるよ、結衣。それに、このプロジェクトを通して、AIの基礎から応用まで、実践的に学ぶことができる。僕が、責任を持って結衣を指導するから」
悠人の、揺るぎない信頼の言葉に、結衣の不安は、少しずつ溶けていった。彼が、ここまで自分を信じてくれている。ならば、この大きなチャンスを逃すべきではない。結衣は、深く頷いた。
「うん! 分かった! 悠人、私、頑張る!」
こうして、結衣の初めての本格的な共同研究プロジェクトが始まった。彼女の主な担当は、インターネット上の公開データや、提携している動物園から提供される動物の画像・動画の中から、感情を表すと思われる表情や行動を抽出し、適切なタグ付けを行う作業だった。
悠人は、まず結衣に、アノテーションツールの使い方や、感情の定義、そして、データ収集の際の注意点などを丁寧に指導してくれた。彼の説明は、常に論理的で分かりやすく、結衣は、一つずつ着実に作業を進めていった。
「結衣、この犬の表情は、少し困惑しているように見えるかな。悲しいというよりは、不安に近い感情だね」
悠人が、結衣がアノテーションした画像を確認しながら、細かくフィードバックをくれる。彼の視点は、常に客観的で、AIに学習させるための「正解」を導き出すために、一切の妥協を許さない。
結衣は、悠人から教わった知識を元に、何時間もPCのディスプレイとにらめっこをした。何千枚、何万枚もの画像や動画を一つずつ確認し、そこに写る動物たちの表情や仕草から、喜び、悲しみ、怒り、驚き、不安…といった様々な感情を読み取り、タグ付けしていく。それは、根気のいる、地道な作業だった。
しかし、その中で、結衣は新たな発見をしていた。これまで、あまり意識していなかった動物たちの豊かな感情表現。彼らが、表情やしっぽの動き、耳の角度、そして鳴き声によって、驚くほど多様な感情を表現していることに気づいたのだ。
「悠人、この猫の動画、尻尾がピンと立って、耳が少し前傾してるから、これは好奇心と喜びの感情を表してるんじゃないかな?」
結衣が、自信を持って悠人に尋ねる。彼女は、日々の作業の中で、動物たちの感情を読み取る「感性」を、磨き始めていた。
悠人は、結衣の言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
「結衣のその感性は、本当に素晴らしいね。僕たちがAIに教えたいのは、まさにそういう部分なんだ。機械的なデータ処理だけでは得られない、人間の直感や共感能力が、AIの感情認識の精度を飛躍的に向上させるんだ」
彼の言葉に、結衣は感動した。自分が、このプロジェクトに貢献できている。しかも、自分の得意な「感性」という部分で。その事実に、結衣の胸は高鳴った。
また、共同研究を進める中で、悠人の意外な一面を垣間見ることもあった。彼は、普段は寡黙で、感情をあまり表に出さないタイプだが、研究のこととなると、驚くほど熱心になる。バグがなかなか取れない時や、新しいアイデアが閃いた時など、彼の表情が、まるで少年のように輝くことがあった。
ある夜、深夜まで研究室に残って作業をしていた時のことだ。悠人のPCが、突如としてフリーズした。
「あれ…? おかしいな…」
悠人が困惑した様子で呟くと、結衣はすぐに彼のPCの画面を覗き込んだ。彼のディスプレイには、見慣れないエラーメッセージが表示されている。
「これは…カーネルパニックだね。しかも、かなり深刻そう…」
結衣がそう言うと、悠人は苦笑した。
「まさか、自分のPCでカーネルパニックを見るとはね。僕のハンドルネームの由来が、そのまま現実になった感じだ」
悠人の言葉に、結衣は思わずクスリと笑った。彼のハンドルネーム「Kernel_Panic」が、まさに彼の目の前で起こっているのだ。
「大丈夫だよ、悠人。私、悠人のこと、『Linuxの神様』だと思ってるから。きっと、悠人なら直せるよ」
結衣は、優しく、そして力強く悠人の背中をさすった。その言葉に、悠人は、ほんの少しだけ照れたように微笑んだ。
悠人は、その後、冷静に状況を分析し、数十分後には見事にPCを復旧させた。彼の知識と技術力は、やはり結衣にとって、絶対的な信頼を置けるものだった。
共同研究は、結衣にとって、単なる技術的な学習の場ではなかった。それは、悠人と共に、未だ見ぬ知のフロンティアを開拓していく、かけがえのない時間だった。そして、このプロジェクトを通じて、結衣は、悠人の持つ深い知性と、彼の中に秘められた人間らしい優しさに、より深く触れることができた。
AIという、複雑で繊細な「感情」を扱う研究の中で、二人の間には、これまで以上に深い理解と、絆が育まれていった。それは、まるで、複雑なプログラムを共同でデバッグしていくように、互いの思考を理解し、尊重し合うことで、より強固な関係を築いていくプロセスだった。結衣は、悠人との未来が、無限の可能性と、そして何よりも温かい「愛」に満ちていることを、確信していた。
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