第22章 国際会議への挑戦、そして新たな壁
悠人との共同研究プロジェクトは、結衣にとって、新たな知の世界への扉を開いた。感情認識AIという、これまで触れたことのない分野に足を踏み入れる中で、結衣は、自身の持つ「感性」が、データ処理やプログラミングといった論理的な思考と結びつくことで、想像以上の力を発揮することを実感していた。悠人の的確な指導と、結衣の持ち前の吸収力、そして何よりも互いへの深い信頼が、プロジェクトを強力に推し進めていった。
「悠人、この犬の動画、耳の動きと目の潤みから、きっと『安心』してる状態だと思う! 不安のデータとは分けて学習させた方が、より感情の機微を捉えられるんじゃないかな?」
ある日、結衣は、数万枚の画像データとにらめっこしながら、悠人に提案した。彼女は、AIに感情を学習させるためのアノテーション作業を通じて、動物たちの感情表現に対する驚くほどの洞察力を身につけていた。
悠人は、結衣の言葉に、嬉しそうに頷いた。
「結衣のその着眼点は、本当に素晴らしい。まさに、人間ならではの感性だね。AIに学習させる上で、曖昧な感情の境界線をどう定義するかは、常に課題だった。結衣の視点は、その解決に繋がるかもしれない」
彼の言葉は、結衣にとって何よりも大きな励みになった。自分の感性が、彼の研究に役立っている。その事実に、結衣は深い喜びを感じた。
プロジェクトは順調に進み、二人が開発した感情認識AIのモデルは、期待以上の精度を示し始めていた。そんな中、悠人の指導教授から、二人の努力が報われる、とある提案があった。
「田中くん、小野寺さん。君たちが開発しているこの感情認識AIのモデルは、非常に面白い成果を出している。来月、京都で開催される国際AI学会で、この研究を発表してみないか?」
指導教授の言葉に、結衣は目を丸くした。国際学会。それは、世界中の最先端の研究者が集う、夢のような場所だ。自分が、そんな大舞台で研究発表をするなんて、想像もしていなかった。
「国際学会!? 私なんて、まだAIのこと、全然分かってないのに…」
結衣は、不安に顔を曇らせた。しかし、悠人は、いつものように冷静に、結衣の背中を押してくれた。
「大丈夫だよ、結衣。発表の準備は、僕がサポートする。それに、結衣のアノテーション作業が、このモデルの精度を飛躍的に向上させたんだ。胸を張っていい」
悠人の言葉に、結衣は勇気づけられた。彼が、ここまで自分を信じてくれている。ならば、この大きなチャンスを逃すべきではない。結衣は、深く頷いた。
「うん! 分かった! 悠人と一緒なら、頑張れる!」
かくして、二人の国際学会への挑戦が始まった。まずは、発表内容をまとめた論文の執筆だ。悠人が、AIモデルのアルゴリズムや性能評価といった技術的な部分を担当し、結衣は、アノテーション作業で得られた知見や、動物の感情表現に関する考察といった、より実践的で人間的な視点からの記述を担当した。
「結衣、この犬の『困惑』という感情の定義について、もう少し具体例を挙げられるかな? AIに学習させる上で、人間がどう判断したのかを明確に示せるように」
悠人の指摘は、いつも的確だった。彼は、常に読み手が何を求めているか、どうすれば彼らの研究の価値が最大限に伝わるかを意識して、論文を構成していく。
論文執筆と並行して、発表用のプレゼンテーション資料の作成にも取り掛かった。悠人は、PowerPointのスライドに、Pythonのコードやグラフを埋め込んでいく。結衣は、そのレイアウトやデザイン、そして発表時の話し方について、アドバイスを送った。
「悠人、このグラフ、色が少し地味じゃない? もう少し、明るい色を使った方が、聴衆の目を引くと思うな」
結衣の感性は、プレゼンテーションの視覚的な魅力を高める上で、大いに役立った。悠人は、結衣の意見を真剣に聞き入れ、修正を加えていった。二人は、まさに車の両輪のように、互いの得意分野を生かし、補い合いながら、準備を進めていった。
しかし、学会発表の準備は、想像以上に大変だった。特に、英語での発表という壁が、結衣の前に立ちはだかった。論文もプレゼンテーションも、全て英語で作成しなければならない。結衣は、これまで英語学習に熱心ではなかったため、専門用語の英語表現や、自然な発表の仕方について、大きな不安を抱えていた。
「悠人…私、英語での発表、自信ないよ…」
結衣は、溜め息をつきながら、悠人にこぼした。
悠人は、結衣の不安を察したかのように、優しく、そして力強く言った。
「大丈夫だよ、結衣。僕が、英語の発音や表現をチェックする。それに、学会発表は、完璧な英語力よりも、自分の研究への情熱を伝えることが大切だから。結衣のその情熱は、きっと聴衆に伝わるよ」
悠人は、連日、結衣の英語の発音練習に付き合ってくれた。彼の流暢な英語の発音を聞くたびに、結衣は、彼の持つ引き出しの多さに改めて感心した。
そして、国際学会当日。会場は、世界中から集まった研究者たちの熱気で満ちていた。様々な言語が飛び交い、最先端の技術に関する議論が、そこかしこで交わされている。結衣は、その雰囲気に圧倒されながらも、悠人の隣で、静かに自分の発表の順番を待っていた。
二人の発表時間がやってきた。結衣と悠人は、壇上に上がり、マイクの前に立つ。結衣の心臓は、激しく鼓動していた。まるで、システムエラーを起こしたPCのCPUが、暴走しているかのようだ。
「Good morning, everyone. We are here today to present our research on emotional recognition AI for animals.(皆様、おはようございます。本日は、動物向け感情認識AIに関する私たちの研究を発表します。)」
悠人の、流暢な英語での導入に、結衣はほっとした。彼の声は、いつも通り落ち着いていて、聴衆の注目を、しっかりと惹きつけていた。
そして、結衣の番が来た。彼女は、深呼吸をして、スクリーンに目をやった。彼女の担当は、アノテーション作業のプロセスと、そこから見出された動物の感情表現に関する考察だ。
「Through our annotation work, we have observed that…(私たちのアノテーション作業を通じて、私たちは〜ということを発見しました。)」
結衣は、これまで練習してきた成果を出し切ろうと、懸命に英語を話した。途中、言葉に詰まりそうになることもあったが、その度に、隣に立つ悠人が、さりげなく目配せをしてくれたり、時には、彼女の言葉を補足してくれたりした。彼のサポートは、まるで、彼女の発表を裏側で支える、堅牢なLinuxサーバーのようだった。
質疑応答の時間になると、聴衆から次々と質問が飛んできた。英語での質問に、結衣は戸惑いを隠せない。しかし、悠人が、全ての質問に、冷静に、そして的確に英語で答えていく。彼の姿は、まさに頼れる「Linuxの神様」そのものだった。
発表を終え、壇上から降りると、結衣は全身の力が抜けるのを感じた。しかし、それ以上に、大きな達成感と、充実感が彼女の心を満たしていた。自分たちが、世界中の研究者たちの前で、自分たちの研究を発表できた。その事実に、結衣は深く感動した。
「結衣、よくやったね。素晴らしかったよ」
悠人が、優しい笑顔で結衣に言った。彼の言葉に、結衣は、胸がいっぱいになった。
「ありがとう、悠人。悠人がいてくれたからだよ。本当にありがとう」
結衣は、感謝の気持ちを込めて、悠人の手を取った。彼の掌は、温かく、そして力強かった。
国際学会への挑戦は、結衣にとって、大きな壁だった。しかし、悠人との共同作業を通じて、彼女は、その壁を乗り越えることができた。この経験は、彼女の自信を深め、彼女の知的好奇心を、さらに高めてくれた。そして、何よりも、悠人との絆が、どんな困難も乗り越えられるほど強固なものであることを、結衣は改めて実感した。二人の世界は、これから、さらに大きく広がっていく。結衣は、悠人との未来に、無限の可能性を感じていた。
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