第5話 誹謗中傷中も世界の時間は動いている
「〇▽×□……BⅬTRライム……フォッフォン!」
なにか、年季が入った呪文にしてもどこか光浪の婆さんの重鎮っぷりを感じさせる。
と! 所謂一般家庭の台所にあるであろう……巨大床下収納庫イメージの床板はめ込みタイプの蓋が……なあんと! 蓋自体が隠し溝へとスライドして納まり! 地下へと連絡する階段がそこに現れた。
隠し蝶番でもあって上に片方を持ち上げるのかと考えていた俺だが、完全意表を突かれて、唖然とする。床板の何処に仕込んだのかは知る由もない俺だが、徒に好奇心が踊りやがるのも感じていて、このヒクッと首辺りが動いたのであろうが、婆さんは先を見ているので気に留めることはない。
そもそも俺は自然なリアクションは薄いので、他人には、「肝が据わっている」とかいい方向で言ってくれる者は稀で。「インキャラ」とか、イジリレッテルから尾ひれが伝言ゲームの如しに様々につきまわりやがり。「裏では何をしているかわからない」「犯罪者じゃないのか?」と言われ無き悪評呼ばわりで目つきが変わっている。
例えばトイレなどから仕事場に戻った時に、この姿がそこに無く。もう寸前の空気伝達で、「歩里井……」と雑談の中で聞こえたのに。この姿を目にした瞬間に、「……」と沈黙の仕事場となっているときは多かった。いいことを言っているのなら、声を潜めたり、雑談を止めなくてもいいであろうし。当人登場では褒めるとかであろうが、水を打ったように一瞬で黙るのは、そういうことではないのかなあーと言うことに他ならないはずだ。
ま、俺は面と向かって言えてしまうタイプだ。が、言う価値のありそうな者にしか言わない。「本当のこと言いすぎ」とかいう奴に限って、悪質陰口を言っている輩が多いようだ。
「ほおぉ」と相槌笑い声がこの国の言語から宇宙語を改まりこの耳につく「フォッフォ」
流石の俺もこの仕組みまでは読めずに。驚くというよりは慄いてしまった。
「そのロッキングといい……各種扉といい……はたまたこの小屋の床下収納庫といい。これまでの話でにおわせていた、婆さんの正体っていうのは、あながちか?」
「はい、そういうとこになりますねぇ」と意味深笑みを向こう向きでつくった延長であろうがこちらに向けて、「入りますよ」と電動車いす状態で行こうとする光浪の婆さん。
「どういう仕組みかは分からんが? 流石に、そいつで階段は? なぁ」
「……ムフッ」とまた笑う光浪の婆さん。
「まさか、ここにも……ぉ」とさらに慄いている俺をお構いなしに。
光浪の婆さんが階段の一番上の広めコンクリートの踊り場の上まで……走らせ進んで、車輪がまた勝手に収納されて……! え? ううん! えぇえええ……? と慄きマックスの俺にかまわずロッキングチェアーの底部に四つの……ああ! 小型ロケットのエンジン噴射口が出現したかと思う間にも! シューといった噴射音をたてて……ロッキングチェアーが小型ジャイロとなって浮遊しはじめて……階段をまるで平になった傾斜の下り坂の如しに……降りていく!
「おお、お……」の慄きと「行かなきゃ」の思いをミックスしつつも……俺はついて降りていく。無論俺は普通にこの足で一段ずつだ。
……そこは! 何もない混沌とした地下空間で、何か神秘なことを勝手に想像してしまっている俺。
未知の鍾乳洞に入ったかのように、流石に面食らっているが、上の小屋の軽トラが止めてある床面積をもはるかに超えているような気がする俺だ。
今は小屋内の階段口から注ぐ外光のみが唯一の明かりで、俺と、不可思議極まるロッキングチェアーに座ったまま移動続ける光浪の婆さんの足下のみが明るく……奥行きには光は届いていないせいもあってか? 四方八方の奥行きが全く肉眼では確認できない。
俺にはもう一つの姿があり。特殊能力が備わっているので……眉間に皺を寄せて意識して……暗がりでも向こう推定距離五百メートル先が見通せる能力がある。
意思の疎通で俺は、見ようとすれば見通せる能力をもってしても、何もなく永遠に続く暗がりで、家屋で言えば内壁、自然界洞窟で言えば壁面等々の側面は……この目をもってしても届くことがない。
「ふうん……?」
心の奥底で、流石に困惑する俺を知ってか否かは知る由もないが、同じ方向を向いている光浪の婆さんが、こちらに上半身と首を向けて、話す。
「ほおー。驚かないのですね」
「……ああ、まあ、が、神秘性は感じているぜ、婆さん」
「言ったでしょ、私は特殊な人間だと」
「ああ。直接的じゃなかったように記憶しているが、確かにそれをにおわせることは、ちらほらと……いってたな、婆さん」
「通常のこの惑星の人間をここに招き入れただけで、不気味さにせめて驚く顔はするものですよ」と俺の顔色を黙認する婆さん。「若造にはそれが微塵も伺うことができませんね」
「ああ、まあ、結構な無表情……所謂ポーカーフェイスな俺でもあって、『あなたが何を考えているのか? 無表情すぎて分からないよ』『それが不気味で、キモいのよ』などとどうしても関わりあわなくてはならない輩がこぞって口をそろえやがったのは事実だ。しかも、その幾人かは、それぞれが全く接してはいない垢の他人でも、まるで打ち合わせでもしたかのように、同様な俺の陰口を言っていたようだがな」
「……」目を細めてひたすら笑みを湛えて頷くのみの光浪の婆さん。
「言葉で言ってくれていれば、それぞれの気持ちが判明するのだが、人によっては意味深な目配せのみとか、用があって近づくも遠ざかって一定の距離を置きやがる者とかで、承認欲求がおかしくなったこともある」
「貴方もですか」
「不気味、キモイ、不可思議、言われない非常識な人間を、特にこの国の群がり好き思考には意味嫌う体質のようで、理想郷の正しきモラルが一番で。俺みたいな無口無表情人間はそのモラル性から仲間外れになり。ただただ決めつけ色眼鏡でしか見やしねえんだ」
コクコク……と頷きを繰り返す婆さん。
「俺も多少の人選びはしているのであまり信用を置けぬ輩に、こんなことは話せないことだ。が、何故か? 婆さんには、この口が勝手にそれらを伝えてしまっていることに、俺自身も不思議なんだ」
「そう。私もよ。貴方、若造には話せる気がしたのですよ。あのケイベンチラシを目にした瞬間に直感が教えてくれてね。この前お仕事してくれた時には確信に変わってね。ですから、滅多に見せないこの屋敷の、私がひた隠ししてきた秘密をお見せすることにしたのですよ、若造」
「袖振り合うも縁の内。信頼は接した時間もあるが、経てして、瞬時に第六感が作用することもあるのは、俺は否定しねえぜ、婆さん」
「では、心臓が飛び出さぬよう……」
と婆さんは俺を見るために向けていた上半身と首を正面に直して指先を自然に広げた両手を手の甲を上にして前に出し……フォーフォン! と気合の如く念を発したのであろう……そうとしか他に無いジェスチャーでダラリ両指先十本を、掌を返すのではなく天に向かって一斉にピーンと立てて……掌を正面に向けた。
何もないただただ混沌状態だった正面空間に……一筋の光明が……眩いものではなく、お世辞にもなりはしない、ドス紫の光明が。何もない混沌空間にあってはそれもまた未知なる光で先を見通す輝きとなる。映画館で一瞬闇になり、静かにスタートするようにだ。
フォーフォン! とまた唸った婆さんが掌を正面に向けたまま……一旦緩んだ指先をピーンとさせる。
と! 推定距離五メートル先にクリアな壁の、例えるならその昔のデパート大きめショーウィンドウに似た一室が出現して。中に女……見た目に二十歳前後と言った年頃の女子が、その両目をかっ広げたまま……肩幅やや狭しの両足均等で二足直立オールヌード状態で突っ立っている。が、生命体的な感じはなく。かなり人に寄せた感じのドールのように、俺には思える。我が宿敵ショワッチマンの如く怪光線を目から発射し女子を見る俺。
「オーバースペックアンドロイド」と心で確認して、「彼女は?」と問う俺。
「お察しのとおりのドールですよ。どう、タイプですかね?」
「ま、いい感じな女子だぜ。動けばな」
もうこの年の俺では、女の裸を余儀なく見せられても、若人のように動揺は無い。
よく見りゃ……オッパイはリアル性ありにしても頷けるであろうが。おまたもそこまで再現するのか? てな気がしなくもないハイスペックな女子ドールで。エロ目線が一切ないかと言えば嘘になるが、プラスしてサイエンスと美的アート性も長けているドールだ。と言うのが俺の第一感想だ。
「今、若造、使ったのですね? 我ら宿敵の能力、透視力で中身までをも」
「十八禁でも十五禁でも、写真集にでもすれば儲かるんじゃねえの、婆さん」
「いいえ、私はお金に困っては……」と言い出すも、真顔に戻った光浪の婆さんが話す。
「私は、この惑星の誰とも交尾まがいのセックスをした覚えもなく……ただ、娘が欲しくて、私の能力で実現させた女の子のドールです」
「そうなんだ。婆さんはセックス未経験者、か」
「でもBまでは致したのですよ。これでも」
表情が若干緩むもすぐさま真顔になる光浪の婆さんの話はこんな感じで続く……。
「……ほぉ……ま、笑い皺がチャーム性を物語ってる気がしなくもないがな。婆さんの」
「気を許し合った同志と、無心に抱擁してましてね。そろそろと言う時に、私が、実の正体を口が滑るようにカミングアウトして申してしまったわ」
「……ふうん……で」
「あの人の手が一瞬止まり。私が冗談を言っていると思ったのか? 『ベッドの中ではある意味変態化することはアルアルだから。本性を露わにしていいよ』と言ったので、私の抑え込んでいる……正体を抑えている気が緩んでしまったのですよ。そしたら」
「そしたら……」
「そしたら、その尋常性にはかけ離れすぎている私の正体を目にした一瞬に、『へえー背中にチャックとかが?』と背中や脇の下、着ぐるみでも着ているかのように脱がせ口をまさぐりはじめ……『へえ、これが素肌!』と、それも私の自然な容姿と知った瞬間に、『うわぁぁぁぁぁ……化け物! 僕はセックス変態プレーはウェルカムだが、化け物とセックスするのはNGさぁ! いいや。僕は』とあの人はベッドから素早く離脱して、さっさと脱ぎ散らかっている自分の衣服を着て、『はあぁぁぁ化け物……』と部屋を出て行ったので、本当の姿のままの私は、この惑星の言葉でいうところの、念力でマンション廊下を去っていくあの人の姿を捕えて、記憶だけは操作したのですよ」
「記憶操作、かぁ……」
「はい。セックス具合が合わずに、逃げ出したようにですね」
「で、その化け物って? 婆さん」
「もう私の仮の姿は朽ちるでしょう。この惑星の人間の寿命は百年足らず。稀に三ケタ生きる者もですが。この国では男は八十二歳弱。女は八十六歳弱」
「ああ、平均寿命だ。生きている限り統計に入る。安楽死も禁じられた国だからな」
「いいわ、私の正体を……」と光浪の!
「……この惑星と。特にこの国で生き抜くには……」とロッキングチェアーからゆっくりと立ち上がる光浪の!
「……この国の姿が必須ですから……」と立ち上がった光浪の婆さん自体がすみれ色に輝きだす。
「……巷に存在しない、ありえない容姿では、忌み嫌われ――誹謗中傷を受け追い込まれるのですよ!」とその輝きが体にしみ込むように納まると……光浪の婆さんの姿のシルエットとはかけ離れた……感じに俺は「うん?」とクエスチョンとどこかで見た感じのシルエット性に……そんな声を漏らす。
「マスコミさんの類ならまだしも、無関係の一般人らが、興味本位のスマホカメラでパシャパシャ……撮りまくって、インターネットで拡散して、でもそれでおしまい」
と、すみれ色のコントラストのボディ肌色の擬人化したロブスターの……手先がハサミで……足元が爪先が尖りでチョイそりあがっている尋常にない姿を約束される……。
「この惑星の人間では、浴びせられてしまった方はトラウマになっているのに。一般のエセジャーナリストさんたちは何のフォローも。するどころか、その方法すらわかっていないので放置したままになってしまうのに」
と、ピンクのスエット上下は着たままのコントラストの肌色をしてロブスター人間が露になった。
「それって……スエットは、その姿の皮だったのか?」と俺。
「私は、去る六十年前にこの惑星にバルトラの星から集団でやってきた、この惑星の言い方ですとバルトラ星人なのですよ。フオッフォ」
星人特有の語尾に不可思議音が伴うもこの国の言葉をその姿でも話す本性露わの婆さん。
「どうりで。どこか。俺って、所謂人見知り主義者な。今の時代では稀な性質の気質」
俺の話を聞く本性露わな婆さんも、ドール同様に両脚肩幅よりやや狭めた均等立ちし……左右のロブスターハンドを自然と前に向けている。
「どうりで。婆さん、いいや、光浪の婆さんにゃぁ……」
と、体側に両の手をカル握り拳でぶらりと下げて……。
「実は俺も……デュッフォ。封印を」
と、息むことなき自然な感じの呪文を心の声で投じて同バルトラ星人に、姿を戻して見せてやった。コントラストはあるが肌の色はライトグレーベースでアクセントにピンクが。
「ほっほほ。あなたもでしたか。珍しくこの私が、初対面な他人に自然と悪たれついてしまったことは、少し気にはなってはいたのですよ。フオッフォ」
「俺も同く別便の宇宙船できたようだ。六十年は経っていないぜ」
「宇宙船には私たち、バルトラ星人が二十億三千万人はいたのですから。ましてや、この国の人間と擬態していたのではこれまで分からなくてもですね」
「ああ、まあな。そのほとんどは火星に……でも、二十億人はすぐさま死滅して、三千万は宇宙にそれぞれで脱出したものの。この辺りのユニバース具合を把握していないために、惑星重力の影響や、太陽圏のフレア具合ではその重力熱波にやられて、な。デュッオフォ」
「はい。私もそう記憶していますよ。フオッフォ。宇宙船のカプセル百機でこの惑星に、生存をかけて放たれて。二十人は人に擬態し。三十人が動植物に。五十人はそのままの姿で、この惑星の重力に潰されないとしていたが。エナジーを消耗で二年から三年の間に、ほと切れて絶滅したのですよ」
「そうなんだ。が、それって? なんで?」
「この惑星で言う(と本性を露わにした婆さんがロブスターの両手だがこの惑星のヒトの手に戻り、手先を前に掲げ、ブオッフォ! と念じると、クリアルームイン中のドール女子の左隣に新たにクリアルーム……シンプルな格納庫が。
中にデカい宇宙船がある。それでも想像するに上下から見ると星形で。この惑星で言うところのUFOが……露になり)円盤のコンピュータがバルトラ通信を受信していて、ニュースしてくれているのですよ。フオッフォ」
「これは脱出用のカプセルって、こんなデカいのか? もっと小ぶりかと」
「はい。これは宇宙船ですよ。私はこれでもバルトラ人の看護婦……ああ、今は看護師の長ぉ……婦長を四半世紀していましたのですよ。フオッフォーン」
と、どこか得意気な本性姿の光浪の婆さん!
表情と言うか、顔はロブスターの人面で人のように感情変化を伴わないが、声や話す音、体の揺すり具合で喜怒哀楽は読み解いている俺だ。
「へえーぇ。ナースなんだ。婆さんって」
「伝記のナース、テリセーヌ推しで。この惑星では、生きるために特殊能力を駆使すればなんでも稼げて。気がついたらこのお屋敷を買っていましたのですよ。フオッフォ……」
高笑いが続くバルトラ人姿の光浪の婆さんが、肩まで揺さぶって笑っているのを、見ていて、俺も薄ら笑いを浮かべて見守っている……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます