第6話 ハイスペックアンドロイドとの出会い


 混沌としていた光浪家の小屋の地下室……正体を何故俺に明かすきになったのかは知る由もなかったが。話を聞いているうちに徐々に……こっちも婆さんの言うことに何故か納得いく気がして、いつの間にか合点がいっている俺自身にも気がついている。

「これはオーバーサイエンスとこの惑星の住人は言うのですね。まだ、宇宙の果ても知らないのにね。私らバルトラの人にとっては、この惑星自体がアンチオーバーエナジーですね。この姿のままでの野外活動は数時間。カプセルやこういった宇宙船で体力を回復させつつ、バルトラ星では一千年は生きられたのにですよ。フオッフォ」

「そうなんだ。物心ついたときはもうこの惑星の常識上にあったからな、俺は」

「そうですよ。この空間ならこの惑星の重力にも影響を受けずにいられることは、その肌が勘づいているはずですよ。フオッフォ」

「……?」俺は考えた。「確かにあの銀色ボディにコロナ色配色のショワッチマンを目にした途端、戦う初動に駆られた……が。俺はこれからも封印する! 人の姿のままで充分だ」

「わからないのですか? 人の姿のままでは技を使うのに限界があるのですよ」

「ああ。確かに、この惑星の人間とはかけ離れた身体能力やエナジーの総称……オーバーエナジーを体感もしてはいるがな。例えば俺は宙に浮くことができる。視界の推定距離は五百メートルだし。この惑星の資源を使った壁とかも大抵の物質すり抜けができるんだ」

「はい。そうですね。フオッフォ。光線もできるのですよ」

「まだまだ尋常にないことが俺にはあるが、こんなことを一般に言っても、冗談か、嘘、ややもすればイッチャっている奴扱いなんで、封印してきたんだ。俺は」

 と俺は息んだ感じをスーッとやめて……この惑星のこの国の歩里井研貴に戻る。

 実は右腕に隠している紫鉱石付きブレスレットに、その仕掛けスイッチがあるのだが。

「私ら、バルトラ人以外にも来ているのですよ。異星人が」

「……」

「メフラ星の人とか、ポッポ星の人とかね」

「おお、そいつらも融合しているのか?」

「はい。しているはずですよ。私ら同様にこの惑星の重力にエナジーパワーを奪われるはずですし。フオッフォ」

「で、話を聞くのが、本日の依頼か? 光浪の婆さん」

「いいえ。依頼はこのドールを預かってほしいのですよ。フオッフォ」

「動かさないで。こうしておけば……」と言い終わる前に、珍しく腰を折る光浪の婆さん。

「なんでもそうでしょう……たまに動かさないとだめになってしまうですよ。このドールは私に傑作ですの。フオッフォ」

「そうか。で、どう預かればいいんだ? 婆さん」

「はい。今から念を送り、起動させます」とドールの方に正対し直した光浪の婆さんが、手先を向けつつ……「フオオッフォ!」と念を送る。

 と、ドールの目が瞬きをして、生き物の如くの輝きを湛えて、ゆっくりとこちらを意識して、にこりと笑う。

「この子の名は、貴方が付けてくださいな。今までは私が主人でしたが、これからしばらくは貴方が主人ですよ。フオッフォ」

「……そんな、いきなり……女子の名って……?」と悩む俺に追い打ちの。

「起動してから三分以内にその名を、あの子に向かって宣言しないと、自由奔放に動いてしまいます。さあ、早く」

「って、いきなりで。ええ……?」

「秒読みします。十秒経過」

「……?」

「二十秒経過」

「俺はこういうのが、一番苦手で。スマホでIDコードや」

「三十秒経過」

「アプリに対するパスコードを瞬時に考え出すのも」

「四十秒経過」

「時間をかけて、メモった紙すらしばらくすると、どこぞやに無くして、結局……」

「五十秒経過」

「ま、それよりは、名付ければ本人が教えてくれるし……」

「六十秒経過」

「流石に名付けた俺が、忘れることは無いだろおが」

「七十秒経過」

「ありきたりは嫌だし……」

「八十秒経過」

「和的でなく……」

「九十秒経過」

「かと言って、洋風すぎも、なぁ」

「百秒経過」

「キラキラすぎも……どんなものかだしぃ」

「百十秒経過」

「姓名判断検索の間もないし……」

「百二十秒経過」

「あ、あああ……。いい……い……」

「百三十秒経過」

「ハニー……もありきたりのパクリ性だし」

「百四十秒経過」

「桜……もありきたりで、この容姿には似つかわしいし」

「百五十秒経過」

「光……浪……の志、那ぁ……?」

「百六十秒経過」

「光……シャイニング?」

「百七十秒経過」

「浪……ウエーブ!」

「百八十び……」

「ええい、姫那、じゃなくて、歩里井姫カだ!」

「経ぇ……」

 ドールが右の掌を前に出す。クリアルームの透明な壁がパリーンと割れて……つかつかと歩み寄って来るドール女子が……この目の前に立ち、俺をガン見する。その目の輝きがどす黒く点滅して、「ムフッ。アタシは姫カ?」と小首を傾げる。

「ああ、歩里井姫華だよ、お前さんは」

「姫カのカは華のカ。歩里井姫華。畏まりました、ご主人様。で、アタシはご主人様をなんと御呼びすればよろしいですか?」

「……なんとでも!」

「そうじゃないですよ、若造。この惑星の事情で例えるなら、パソコンを買って、最初の名前の入力ですよ。フオッフォ」

「ああ、それかぁ! そういう面倒くさいのは苦手だ、俺は」と言いつつも……悩む俺。

「好きに呼んでもらうのが、いいんだがな。俺は」

「では、そのままのご主人様では?」

「それも、まあ、見た目俺とは年が離れている娘的だろうが、この国の巷で、ご主人様と呼ばせているのは、目立つよな。よろしくない方で。それに、基本俺はフェミニストでな。男だからって大威張りするのは性にあわねえんだ」

「じゃあ、パパ? お父さん? 旦那。父ちゃん……?」と婆さんが候補を口走るも、俺はしっくりしない。

「……!」姫華がニンマリと微笑んで待っている。なにか、どうでもいいことが面白くて笑っているような女子的な笑みにも思える。

「姫華は、他に、何かあるか? 呼び方」

「はい。奥様をマムとお呼びしていましたので、候補としましてはダディとかが御座いますが」

「ダディ。ん。ダディでいいぜ」とシェークハンドを求める俺に、にっこりと応じる姫華。

「はい、ダディ。骨格、声紋、指紋などの認証確認登録しました。ダディ」

「ああ、宜しくな姫華」

「では」と宇宙船に向かうバルトラ人のままの光浪の婆さん。「姫華に託していますので、私はこれで。フオッフォ」と三脚で浮いた底部からの光のカーテンに導かれて乗り込む。

「おおい」と俺が叫んだ時にはもうすでに、地下のはずのこれまた奥の壁だったところがグイーンと開いて……見覚えがあるどこかの光景の外へと……宇宙船を格納している床がせり出して……シュッ! といきなりの音速越えのスピードで、消えてしまっていた。が、俺も尋常にない目の持ち主であることは自覚ありで。飛んだ方向へ延びる筋が見えた。

 呆気に取られてボオッと立ちすくんでいる俺……に、姫華右横に来て、「マッハ10ですよ。あの飛行船の平均速度は」と囁く……。でも、俺は飛んだ方向を見つめたままだった。

 地上部と言うより、夕焼け空に。瞬間の機械音がしても――巷の人々は気にも留めることができないであろう……その音の基となる飛行船は今はもうあの一番星の横の二等星ほどの輝きになってしまっているのだから……。



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