5章「領の安定と募る不安」
第25話「剣を握る弟と私」
#第25話「剣を握る弟と私」
ハーベル領から戻って三日経った。
あの戦いの余韻は、まだ私達の胸に残っていた。討伐は成功し、領にも私たちにも確かな成果をもたらした。我が騎士団も盛り上がった。
私達は自領の討伐だけでなく多領での討伐もできる。確実に強くなっている。しかも格上の領から呼ばれての討伐。この地方でもそして国の中でもトップクラスなのでは?という声も出ている。
父さんも特別報酬をもらったと喜んでいる。
でも私の胸には小さな棘が刺さったままだった。
あの時――
シルヴィが強大な中型魔物に正面から立ち向かう姿を私は離れた場所から見ることしかできなかった。あの場に立つ度胸は今の私にはない。
ルカはどう思っているのだろう。
ルカの顔を思い浮かべた時、ふと心配が胸を刺した。あの子はいつも無理をする。昨日も「リリア姉、今日も一緒に走ろう」と笑って走っていたけれど、何かを考え込んでいる目をしていた。
そして今日も、いつものようにルカと一緒の朝のランニングを終えた。息を切らしながらも私に笑いかけてくれるルカはいつも通りだ。私の考えすぎなのかもしれないとその時には思った。
でもルカは次の行動に出ていた。
その日の昼過ぎ、私は騎士団の訓練場に行った時のことだった。魔法の訓練をして帰ろうと思っただけだったのに、思わず立ち止まった。
「団長!俺も剣の練習、始めたいです!」
ルカの声だった。
私は耳を疑った。剣を?ルカが?
ルカは魔法だけで誰よりも突出している。更に言えば全体を俯瞰し支持を出す統率力もある。ルカに剣は必要ないと思うのだが……
「……ルカ」
そして団長と話すルカの背中が、小さく震えていた。泣いている?信じられなかった。あのルカが人前で泣くなんて。初めて見た。
「俺、あの時……怖かったんだ……」
その声を遠くで聞いて、胸が痛んだ。
怖かったのは私も同じ。でも私は黙ってやり過ごしただけだった。一方でルカは自分の弱さを直視して、剣を握ると言う。
そうだ。魔法使いは騎士団に守られて安全なところから魔法を撃つのが普通。だから危機感が薄い。実践で怖いと思うこともあまりない。
だからこそ中型魔物のような強大な敵に対峙した時には身がすくんで動けなくなることもある。魔法使いは切り札だから危険な状況が少ないのはいいがそれが弊害にもなっている。
ルカも気づいたんだ。そしてその解決方法をルカなりに見つけたんだ。私は……またルカに教えられた。私はまだ一歩も進んでいない。
思えばシルヴィも魔法の天才、将来の大魔法使いと言われながらも剣をやっている。やはり脅威を目の前にして恐怖に打ち勝つ手段として剣の修練を思いついたのかもしれない。
ルカはすごい子だ。天才と同じ視点を持っている。
胸の奥でまた小さな声が囁く。
(私は……今の心の持ち方でルカの魔法のライバルなんておこがましい。このままだとルカに置いていかれる。。私は――私は……魔法使いとして気持ちだけでは負けないはずだったのに!)
団長が許可を出したのを見届け、ルカは子供用の木剣を握りしめていた。
まだ4歳のルカには子供用の剣であっても大きく重たいだろう。震える小さな手。必死に剣を振り下ろすその姿を、私は木陰からそっと見つめた。
「……私も、負けてられない」
思わず小さく呟いた。
ルカの背中は私をどこまで押し続けるのだろう。情けない、これでは逆だ。これで私はあの子の姉だと言えるのだろうか。
重たすぎる剣によろけながらも、つらそうにしながらも懸命に剣を握る弟。
私も決意した。剣を始めよう。
「……よし」
私は自分の胸に問いかけ、訓練場を後にした。
魔法だけじゃない。私も剣を覚えよう――そこで何かを見出すことができるかもしれない。
もちろん何も変わらないかもしれない。でも決めたじゃないか。私は懸命に努力するんだ。まずはあがく。考えるのはそれからだ。
魔法だけでなく剣を鍛える。魔法使いとしての常識としてはあり得ない。冗談みたいだけど、それぐらいしないと、この子には追いつけない。
ルカが剣を振る音が、遠くで続いていた。
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