吾輩は”人間”であった
あの後、俺は例の館で全身を包帯巻きにされていた。
どうやら、戦いで傷ついた俺を治療してくれたようだ。
まぁ、金玉の件の貸しはこれで返してもらった。
だが、後遺症が残っていた。まぁ凶弾に倒れたんだ、本来だったら死んでいるはずだ、命があるだけでもめっけものだ。だが、ちょっと体力が極端に落ちてしまった。もうカリカリを噛み砕く体力も残っていない。情けねぇ。
エルフ娘は俺を献身的に看病するようになった、軍の仕事はどうした?
俺がカリカリを食べられないと知るや、例の館から処方されたのだろうか、おじやを食べさせるようになった。クソまじぃ。さすが例の館製だ、人間に対する嫌がらせの権化のような館だ、あそこは。
俺がおじやを食べないのを見ると、エルフ娘は「ュール」をおじやに混ぜてくれるようになった、ありがてぇ、それなら食える。なんなら「ュール」だけそのまんまくれてもいいんだぞ。そのまま。
サーシャは俺の後を継ぎ、ダリル軍団の残党も含めた80人以上のグループ、「サーシャクラン」のリーダーとなった、彼女には「もう俺にかまうな」と厳命していたのだが、時々俺のもとを訪れる。甘さが消えない奴だ。
まぁそれがいいんだろう、あいつもかつてのジャックの親分同様、野良もエルフ飼いも分け隔てなく接する、元ダリル軍団まで受け入れたのはびっくりしたがな、今後数十年「サーシャの広場」は安泰だろう。
そして、エルフ娘も、サーシャの姿を見るとサーシャ用にカリカリと謎牛乳を皿に入れてくれる。よかったな、サーシャ、まぁエルフ娘のおごりだ、好きなだけ食っていけ、うまいぞ。例の館だけには気をつけろよ。
そんな生活が20年ほど続いた、俺は老年を迎えていた。
もうおかゆもほぼ食べられない。
謎牛乳を数口飲み込むのがやっとだ。
エルフ娘は時々俺を例の館に連れて行き、ローブの男に俺を見せる。エルフ娘もいい加減老体を虐めるのをやめてほしいところだ。例の館の主人は時々小さな棘を俺にさしてくる、嫌がらせか? 死んだら化けて出てやろう。
俺は次第に体重を落とし、歩くのもままならなくなった。
これが寿命ってやつだろう、エルフ娘の奴はまるで親が死ぬ間際かのように俺のことを看病してくる。まぁ戦闘訓練とかは積ませたつもりだ。巨大昆虫から逃げる意気地なしだが、まぁ悪くない娘だった、誇りに思うぞ、俺は。
エルフ娘は俺を抱きかかえることが多くなった。まぁ「山田」としての役割はダリル軍団を倒した時点で終わったんだろう、最後は「タゥマ」としてこいつの下で暮らしてやろう。俺は彼女のベッドの様な乳房の中でくつろぐ。
ある夜。
俺は夢を見ていた。
ペットショップの揺り籠、俺を抱きあげる幼いエルフ娘、翼竜から見下ろす広々とした家、カリカリの思い出、「タゥマ」という名前、金玉を取りやがった例の館、ジャック…セリア…サーシャ…全てが走馬灯の様に流れる。
ああ、悪くない生涯だったかもしれねぇ。
それもこれも、あのエルフ娘が俺を飼ったからだ。
その時、何かを察したのか、エルフ娘が起きてきて慌てて俺を抱きかかえる。おいおい、そうあわてるな。俺は単に、俺が元居た場所に帰るだけだ。お前もそう遠くない未来にいずれ来る場所だ、心配なんてするな。
エルフ娘「タゥマ╱\╱﹀▔╲︿_/︺▔╲︿/\︿╱\︿︹︿!!!」
なんだ騒々しい娘だ……泣くな……エルフの騎士団様だろ……
エルフ娘「/\︿╱タゥマ!\︿︹︿╱﹀タゥマ!╲/タゥマ!╲︿_/︺╲!!」
最後くらい……静かに……眠らせて……
エルフ娘「タゥマ!!!!」
く……れ……
エルフ娘「タゥマーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
……
エルフ娘の巨大な腕の中で横たわる俺自身が見える。
どうやら俺は死んだらしい。
そして初めて、俺はエルフ娘の言葉の真の意味を魂の響きとして理解した。
まぁ、あれだけ付き合ってきたんだ、今更だけどな。
死ぬと、肉体に宿る魂そのものが見えるようになるらしい。
目の前に見えたエルフ娘の魂は、エルフなこともあって当然巨大だった。
だが、よく見ると、穴が開いている。
俺の形の、穴だ。
仕方ない奴だ。
また誰か、人間と共に過ごして、その穴を埋めるといい。
俺は光に包まれる、もはや自分が人間であったことすらも忘れるのだろう。
これが安らぎというものなのだろう。
願わくば、あのエルフの嬢ちゃんもこの安らぎの場に、到達せんことを。
<了>
吾輩は”人間”である。 中の人(カクヨムのすがた) @NakanoHito_55
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