アオイくんはとってもいそがしい

2-1

誰もいない浴室のドアが開く。

男はバスタブの中を覗き込むと底にうっすら溜まる無色透明な水を確認した。

「こんなもんか。女子高生なら30リットルってとこか。」

男はあのイトウと名乗るものが女子高校生なのか女子中学生なのか判別がつかなかったが、そもそも「あれ」は学生などではない。

なぜなら学生、いや、人間は頭から塩を振りかけても水になったりはしないからだ。

男は手馴れた様子で灯油詰め替えに使う手動ポンプをバスタブに突っ込み、青いプラスチックの安っぽいジョウロへと水を移す。

「それでも何回分かはあるかな。」

男は誰に言うでもなく独り言を吐くと、水の入ったジョウロを持ってリビングに戻った。


「藍居くん、終わったよ。」

「ありがとうございます。夏縋さん。いつも助かります。」

スズランテープの輪の中の男、藍居は鉢植えに刺さった三角定規から目線をそらすことなく夏縋に礼を言った。その声にはなんの感情もこもっていない。

夏縋はジョウロで藍居の周りの鉢植えに水をやる。

「まぁ、仕事だから。ってかほんとアレは何体居んの?」

「さぁ、知りません。この建物の部屋の数ぐらいはいるんじゃないですか。女学生は何人いても困りませんよ。かわいいですからね。まぁ、そうは言っても、あんなのは見た目だけのものなので僕は興味がありません。本物の女学生のほうがずっとずっと神聖で可憐で尊くてかわいらしいのなんて当たり前じゃないですか。僕が女学生に対して見境ない人間だと思わないでくださいね。」

夏縋は内心藍居のことをキモいと思った。


藍居は男子高校生にしか見えない見た目だが、少なくとも、夏縋が藍居と初めて会った20年ぐらい前から全く見た目が変わっていない。同い年ぐらいに見えた。そのため夏縋は今でも藍居にタメ口を利いてしまうのだが、おそらく藍居は夏縋よりずっと年上である可能性が高い。

以前、そんな話をしたとき、

「青い部屋にいるからじゃないですか。青は時間を早く感じさせる心理的効果があるといいますし。」

などと藍居は言ったが、藍居の見た目はそういう次元では無い。


そのようなことから夏縋は藍居のことを異常童顔のおっさんだと思っている。

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