英雄国ヴェンデル

赤髪のリュディカ 1

ヴェンデル王国の外れ、夜になると死霊が現れるとまことしやかに囁かれ、国民たちは寄り付かず、それゆえに何処ぞの胡散臭い魔術師が住処にしてしまった森の中。その胡散臭い魔術師の居城の端にある一軒家に住み着いているリュディカは、ひた、とその満月色の瞳で獲物を見やって、ゆっくりと弓を引いた。

す、と吐いた息の音が響く。集中力は増していくばかりで、腕は少しも震えない。ふと、獲物の瞳が、3km離れたこちらを見やる。その瞬間に、そよ風の如く静かに、けれども確実に、獲物は地面に墜落した。

矢は、少しの迷いも躊躇いもなく、鳥の眉間を射抜いていた。






血抜きをした鳥を片手に、弓と矢筒を背負って立ち上がる。ふと家の方を向けば、人並み優れた嗅覚が、芳ばしい匂いを感じた。


「ふむ······今日はミソシルはないのですかね」


脳裏に黒々とした髪を灰色に染め上げた少女の姿を思い描いて、そうして踏み出した足は、嘘みたいに軽かった。










リュディカ・エリュクシオンは、ヴェンデル王国に仕える誇り高き騎士である。生まれて直ぐに母を亡くしたリュディカは、母の友人でもあった騎士フェルトに引き取られた。養父は母共々国王に仕え、それを評価されて側近の位に着いていたものだった。養父はリュディカの後見となり、母の後見であった魔術師ラティスはリュディカを《救国の英雄となる運命》と予言した。

それゆえにリュディカは幼い頃より騎士となるべく訓練を重ね、弱冠十四歳、史上最年少で騎士の位を受け賜り、また、史上最速でヴェンデルが誇る十二勇士のひとりとして名を連ねた。それもこれも、いつか来るであろう災厄から国を守るため。それが己の運命で、母の切なる願い。リュディカの存在する理由だった。


リュディカは騎士になってすぐに、養父の家を離れ、魔術師ラティスの住む森に住居を貰った。胡散臭い魔術師は、この国で唯一、なんの陰りもなくリュディカに接する男だったから。人でなし、と周りは呼ぶけれど、誰よりも魔術師らしい、そんな男であった。娘も同然の女を、さらって犯した男の血を引いている子供を、受け入れてくれる男だった。

リュディカは国のため、王のため、養父のため、母のため、魔術師のため、そして、我が身の存在意義のために、その力を振るおうと決意した。


そうして十五歳の冬の日に、リュディカは運命の出会いを果たした。

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