赤髪のリュディカ 2

果ての森、と呼ばれるその場所の冬は、厳しい。

はぁ、と吐いた息が白くなって、青白い空気の中に溶けていく。黒のハイネック、鎧、マントと重ねる騎士の姿ではあまりにも頼りなかった。仕方なく指先に魔力を集める。あの魔術師ほどとはいかなくても、英雄になるために生まれたリュディカの体には魔力が備わっていたし、それを操って暖を取るのも容易なことだった。急に冷え込むなんて思わず、防寒具を置いて出てきたのが失敗だった。手先を暖めるようにさすって、そして積もった雪の上に足を進めた。

ざく、ざく。子気味のいい音を鳴らして、処女雪の上に足跡が散る。魔術師の住処は随分と遠くて、魔術で暖めた体もすぐに冷えてしまいそうだった。どうにかこうにか、見慣れた木々の並びを見つける。それを迷うことなく左折して、もう時期見えてくるであろう湖の姿を探した。そんな時。


「きゃあああ!!!」


悲鳴が聞こえた。それが女性のものだと分かった瞬間、騎士として育ったリュディカは迷いなく駆け出していた。白と青、少しの茶色だけで支配された世界に、黒いマントを翻し、椿の花のように赤い髪をなびかせた男が駆け抜ける。

ごうごうと耳元で風を斬る音が鳴る。英雄たるリュディカの肉体は人としての限界を優に超える。迷うことなく足を踏み切って、目の前に広がる崖の下、飢えたオオカミに囲まれた少女の目の前に降り立った。


「はぁっ!」


最小限の動きで獲物を仕留める。一撃与えて、怯んだオオカミは後ろに下がった。けれどもすぐさま体勢を整えてこちらに飛びかかってくる。


「あぶない!」

「大丈夫······ふっ!」


横なぎの一撃は、いっそ鮮やかなほどにオオカミたちの命を刈り取って行った。何も考えずに薙ぎ払ったので、返り血がかかる。髪と同じくらい赤い命の証が、リュディカの頬を汚した。


「無事ですか?」


振り返る。崖下の暗がりに座り込む少女の顔は見えない。けれども酷く怯え、かつこんな冬の森にいるような格好ではないことだけはわかった。人さらいにでもあったのだろうか。


「冷えるでしょう、少々汚いですが······」


マントを外し、肩にかけようと近付いて。そうして、震える足で立ち上がった少女の姿が照らし出された時、リュディカは柄にもなく動揺した。


「助けてくれて、ありがと」


寒いのだろう、青白く震える唇。恐怖に竦みながらも立ち上がり、こちらを見据える強い瞳。乱れていてもなお美しいと感じさせる灰銀の髪。何をとっても可憐な少女だと言うのに、その力強さのなんと雄弁なことか。


その少女は、リュディカなんかよりもよほど強かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せは君の形をしている ものくろぱんだ @monokuropanda

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ