李玖side




何気ない会話を続けながら、




茉耶の横顔をチラッと見る。




前と変わらない笑顔だった。




……それが、逆に少しだけ苦しかった。




あの日見た光景が、ずっと頭の中に残ってた。




茉耶が、知らない男と並んで歩いていて、




しかも腕を絡めて、楽しそうに笑ってて。




ずっと気になってた。でも、聞けなくて。




自分でも答えを出せないまま、




距離を取ろうとしてた。




だけど。




「もしかして、

この前私が男の人と話してるの、見られてた?」





茉耶の言葉で、時間が止まった気がした。





「えっ……ああ、うん」




「……やっぱり。あの人ね、親戚の家で仲良くなった、お兄ちゃんみたいな人なんだ。血は繋がってないけど、ずっと面倒みてくれてて。出張でこっちに来てて、久しぶりに会ってただけ。」




瞬間、胸の奥の何かがふっと溶けていった。




「…そっか。………そっか」




自分が勝手に思い込んで、避けたのが、




情けなかった。でも、嬉しかった。




茉耶が、自分から説明してくれたことが。




顔に出すなって思ってたのに、




たぶん、口元がゆるんでたと思う。




「……なら、よかった」




「何が?」




「いや、なんでも」




――伝えたい言葉はまだたくさんある。




でもまずは、ここからでもう一度、




ちゃんと向き合っていきたい。




少しずつでいい。




誤解は、こうしてひとつずつ、




ほどいていけばいいから。




どこかぎこちなかった空気が、




ふとした拍子にゆるんで、




自然と笑いがこぼれる。




キャンパスの分かれ道が近づく。




「じゃ、私こっち。次、文学論だから」




「そっか。……俺は憲法」




「名前だけで眠くなるやつ」




「失礼な」




いつもの冗談が交わせるのが、




ちょっと嬉しい。




ほんの数日前まで、




どうにもならない距離が




あった気がしていたのに、




こうして何気ない会話ができていることが、




妙にありがたく感じた。




「またね、李玖」




「……ああ。また」




茉耶が笑って手を振り、背を向けて歩き出す。




それを見送ってから、




李玖も自分の講義棟へと足を向けた。




──それぞれの場所に戻っていく。




けれど、もう一度繋がった糸が、




確かにそこにある。




今日はただそれだけで、充分だった。









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