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──あの日から、茉耶に連絡していない。
見間違いだったのか、本当にそうだったのか。
確かめる勇気もなければ、
答えをもらうのも怖くて、
ただ、連絡を断つことで、心を保っていた。
ほんとは、ずっと考えてた。
曲のことも、配信の声も、ふとした笑顔も。
消したくても、勝手に思い出してしまう。
そんなときだった。
ピコン、とスマホが震える。
《茉耶》
「最近、元気にしてる?」
短い、けれど優しい言葉。
何でもないように見えるその一文に、
迷いが詰まってるのが、なぜか分かった。
……でも。
李玖は画面を見たまま、指を動かさなかった。
“返したら、また期待してしまう気がして”
そして。
“もし、俺が勝手に勘違いしてただけなら”
そう思った瞬間、小さくため息をついて、
スマホの画面を伏せた。
初めて、未読のままにした。
通知がひとつ、じっとそこに灯っていた。
そして、李玖の胸の奥で、
何かが静かに沈んでいった。
李玖は、正門前のベンチに腰を下ろしていた。
次の講義まで時間がある。
周囲はざわついていて、
聞こえてくるのはいつもの大学の音。
でも、胸の中は、ざらついたままだった。
未読のままにした茉耶からのLINEが、
ずっと頭から離れなかった。
たった一言。
だけど、重たくて、どうしても返せなかった。
「……李玖?」
不意に、耳馴染みのある声がした。
ハッとして顔を上げると、
目の前に、茉耶が立っていた。
いつも通りの笑顔。
まるで何もなかったみたいに。
「偶然。次、どこ?」
一瞬、時間が止まったようだった。
「……え、あ、次……第三講義棟だけど」
「そっか、じゃあ途中まで一緒に行こ?」
自然体で隣に並んでくる茉耶。
彼女の歩幅に合わせて歩き出しながら、
李玖は戸惑っていた。
距離を取ろうって決めたのに。
忘れようとしてたのに。
こんなふうに、
何でもない顔で話しかけられたら――
ずるいよ、茉耶。
何も聞かないで。
あの日のことも、未読のLINEも、
まるで気づいてないみたいに。
でも。
そんなふうにしてくれる優しさが、
いちばん堪える。
だから俺は、何も言えないまま、
隣を歩き続けるしかなかった。
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