p.43


──あの日から、茉耶に連絡していない。




見間違いだったのか、本当にそうだったのか。




確かめる勇気もなければ、




答えをもらうのも怖くて、




ただ、連絡を断つことで、心を保っていた。




ほんとは、ずっと考えてた。




曲のことも、配信の声も、ふとした笑顔も。




消したくても、勝手に思い出してしまう。




そんなときだった。




ピコン、とスマホが震える。




《茉耶》

「最近、元気にしてる?」




短い、けれど優しい言葉。




何でもないように見えるその一文に、




迷いが詰まってるのが、なぜか分かった。




……でも。




李玖は画面を見たまま、指を動かさなかった。




“返したら、また期待してしまう気がして”




そして。




“もし、俺が勝手に勘違いしてただけなら”




そう思った瞬間、小さくため息をついて、




スマホの画面を伏せた。




初めて、未読のままにした。




通知がひとつ、じっとそこに灯っていた。




そして、李玖の胸の奥で、




何かが静かに沈んでいった。




李玖は、正門前のベンチに腰を下ろしていた。




次の講義まで時間がある。




周囲はざわついていて、




聞こえてくるのはいつもの大学の音。




でも、胸の中は、ざらついたままだった。




未読のままにした茉耶からのLINEが、




ずっと頭から離れなかった。




たった一言。




だけど、重たくて、どうしても返せなかった。




「……李玖?」




不意に、耳馴染みのある声がした。




ハッとして顔を上げると、




目の前に、茉耶が立っていた。




いつも通りの笑顔。




まるで何もなかったみたいに。




「偶然。次、どこ?」




一瞬、時間が止まったようだった。




「……え、あ、次……第三講義棟だけど」




「そっか、じゃあ途中まで一緒に行こ?」




自然体で隣に並んでくる茉耶。




彼女の歩幅に合わせて歩き出しながら、




李玖は戸惑っていた。




距離を取ろうって決めたのに。




忘れようとしてたのに。




こんなふうに、




何でもない顔で話しかけられたら――




ずるいよ、茉耶。




何も聞かないで。




あの日のことも、未読のLINEも、




まるで気づいてないみたいに。




でも。




そんなふうにしてくれる優しさが、




いちばん堪える。




だから俺は、何も言えないまま、




隣を歩き続けるしかなかった。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る