誤解。

李玖 side


あの夜の配信。




音だけの、照明の淡い空間。




茉耶の声がいつもより少しやわらかくて、




胸の奥にすとんと落ちた。




“昔から味方でいてくれた人”




“今も、たぶん”




その言葉に、期待してしまった自分がいた。




─もしかして、俺のことなんじゃないかって。




まさか、って思いながらも、




“だったらいいな”って、心が勝手に願っていた。




数日後。




昼休みのキャンパス。




何気なく歩いていたら、




少し前に、見慣れた後ろ姿が目に入った。




ゆるく揺れる髪。




くすんだピンクのカーディガン。




──茉耶だ。




思わず、歩みを早める。




「……茉耶」




そう声をかけようとした瞬間だった。




彼女の隣に男がいた。




ふと彼女の肩に手を回して、




笑いながら何かを言った。




茉耶は、それに答えるように笑って、




自然な仕草で、彼の腕にすっと絡めた。




──ああ。




思考が、そこで止まった。




胸がざわりと揺れる。




喉の奥が詰まるような、言いようのない感覚。




何でもないふりをして、スマホを取り出した。




画面を見るふりをして、立ち止まる。




──なんだよ、それ。




あの曲は、




“届かない声”は、




俺じゃ、なかったのか。




言葉にできない感情が喉の奥で渦巻いて、




ただ立ち尽くすことしかできなかった。




彼女の姿が、




人混みにまぎれて見えなくなるまで、




李玖は一歩も動けなかった。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る