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あの日から、もうすぐ5年が経つ。
引き取られた親戚の家は、静かで優しかった。
「普通の生活」ってこんな感じなんだ、って最初は戸惑った。
怒鳴り声のない夜。
食卓にちゃんとしたご飯が並ぶこと。
夕飯のとき、「苦手なものある?」
って聞かれても、
どう答えたらいいか分からなかった。
誰かに「おかえり」って言ってもらえること。
全部が、最初は信じられなかった。
夜、布団の中でこっそり泣いた。
怖くて泣いたんじゃない。
李玖に何も言えなかったことが、
ずっと心に残っていて。
……いや、言えなかったんじゃない。
言いたくなかったんだ。本音を言ったら、
崩れそうだったから。
それからの日々は、
少しずつ「普通」になっていった。
学校にも慣れて、新しい友達もできて、
成績も上がった。
先生にも「明るくてしっかりしてるね」
って言われるようになった。
でも——
「明るく」しているのは、昔からの“癖”だ。
心のどこかに、いつも李玖がいた。
冬になると、
マフラーの巻き方が李玖に教わったやつに
なってることに気づいて、
夏になると、
アイスの棒で一緒に遊んだことを思い出す。
何でもない思い出ほど、心に残る。
でも、慣れていくうちに怖くなった。
「このまま忘れてしまうんじゃないか」って。
ノートの隅っこに、
何度も「李玖」って書いた。
でもすぐに消した。
「あの夜、李玖が来てくれて、本当に救われたんだ」
ふとした瞬間、そう思い出しては、
涙が出そうになる。
今でもたまに夢に見る。
あの日の中庭、あの沈黙、あの言葉。
“さよなら、とは言わないね”って。
ちゃんと前を向いて生きてるつもり。
でも、いつかもう一度会えたら、
今度こそ、ちゃんと『好き』って言いたい。
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