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病院の中庭。
夕暮れが差し込むベンチに、
私と李玖が並んで座っていた。
風が少し冷たくなってきて、
私はカーディガンの袖を引き寄せる。
李玖は黙ったまま、自分の手を組んでいた。
「……ねえ、李玖」
茉耶が口を開く。
「私、今日警察に行ったの。お母さんがいないから、
親戚の人も来てくれて。いろいろ話して」
李玖は何も言わず、ただ頷いた。
「お父さん……逮捕されたって」
それは、茉耶がずっと聞きたかった言葉で、
ずっと聞きたくなかった言葉でもあった。
「なんかね、よく分かんないんだけど……すごくホッとしたの。怖くて仕方なかったのに、終わったら、急に足が軽くなった感じで」
そう言って、少し笑ってみせたけど、声は震えていた。
「それでね……私、遠くの親戚の家に引き取られることになった。そこの
高校に通えるようになるまで、向こうで暮らすって」
茉耶はポケットからくしゃくしゃの紙切れを取り出して、手のひらでぎゅっと握った。
「転校もする。もう……ここには戻ってこないと思う」
李玖は、ゆっくり顔を上げた。
「いつ?」
「明日。荷物はもう向こうに送ったの」
「……なんで、それを今言うんだよ」
言葉は静かだったけど、
その奥に抑えきれない感情が滲んでいた。
「言ったら……行けなくなる気がした」
茉耶は李玖のほうを見ないまま、小さくつぶやいた。
「行きたくないよ、ほんとは。ずっとここにいたかった。でも、もう無理
なの。私の場所は、もうここにはないから」
李玖がポケットに手を入れて何かを取り出すと、
それは小さな折り鶴だった。
前、茉耶が授業中に作って渡したことのあるやつ。
「……あの日、捨てられなかった」
李玖が言う。
「私のこと、忘れないでね」
「忘れられるわけないだろ。お前のことなんて」
私の目から、ぽろっと涙が一粒だけ落ちた。
それでも私は、泣きじゃくったりしなかった。
「さよなら、とは言わないね」
「言うな」
李玖も、少しだけ笑って答えた。
ふたりはそれ以上、言葉を交わさなかった。
でもその沈黙は、すごく、すごくあたたかかった。
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