富士丸

「富士丸くん、君ねえ、アルバイトなめてない? これだから高校生雇うの反対だったんすよ俺は」


諳馬はキッチンにいる店長に顔を向けた。


「ね? ムッさん?」


「おーまあな」


返ってきたのは生返事だった。慎重にラテアートをしていた店長ことムッさんは、金色のピックを片手に液面を睨んでいる。


「ねー店長がこんなんだからコイツがまた調子に乗って遅刻するんスよ」


諳馬は頭を抱えた。目の前の富士丸はいかにも興味なさそうな様子だ。ぼけーっと上の空で、視線はずっと斜め右を向いていた。


「まじでお前みてるとイライラするんだけど。どういう神経してるわけ? 俺怒ってるんだけど、何でそっち見てんの」


「‥‥えっ、ああ、すみません」


富士丸はたった今眠りから覚めたかのように、目を瞬いた。諳馬なんて意識に上っていなかったかのように。その態度が余計に癪に触る。自然と舌打ちが漏れる。年下に舐められるのが一番嫌だった。


「お前ちょっと事務所来いよ」

 

 諳馬は8時までなんで上がります、というセリフを店長に伝えて、富士丸の首根っこを掴んで2階の事務所に連行した。泡しか見ていない店長の返事は相変わらず「おー」だった。


 「あのう、その前に、ひとつ聞きたいんですけど、机と机の間に置かれたあの椅子、誰も座ってないのに何であるんですか?」


 「は? 何のことだよ」


 「一階席のカウンター後ろにあるテーブルってみんな2人がけですよね。2人掛け、2人掛け、2人掛けのループが続くわけじゃないですか。その2人掛けのテーブルとテーブルの間に、椅子がありました。あれって何でですか?」


「お前が遅刻してるときに来たお客さんが3人で座ってたんだよ。お前が来る前には帰ったけどな。お前が来たときには、お客さんガラガラだったからよ、さぞかし楽なシフトだったよなあ」


嫌味ったらしく言ったが、富士丸には全く効果がなかった。


それどころか、「さっさと戻しましょう、ぼくが戻してきます」と澄ました顔で言い切った。


「はぁ? なんだよその言い方、俺が悪いとでも? 本来ホールはお前の仕事だろうがよ!」


 無性に目の前の富士丸に掴み掛かって、首を思い切り絞めたい衝動に駆られた。心音が脳内に響きだし息が荒くなるのが分かる。ニコチンが切れたときより、中学の頃ハマってたシンナーより、ずっと強烈な渇きが湧き上がってくるのを感じる。


 富士丸は眉を顰めた。諳馬が初めて見る表情変化だった。


「いるんですよね、ぼくそういうの気になるんで」

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