海の向こう側

小波が寄せては引いてゆく様子を、ぼうと眺めていた。


 強風が鼓膜を刺激する。髪が自由に逆立ってペラいTシャツが膨らむ。コンクリートを塗り固めたような曇り空に不釣り合いの白い砂の上で、少年は体育座りをして顔を埋めた。


 「このまま海へ溶けていけたらいいのにな」


 ぶおおお、ばばばばばっ、どどどう。

 相変わらず風は止まりを知らなかった。少年の声など気にも止めておらず、かき消す必要もないかのように容赦なく吹きつけた。


 少年は立ち上がって、黒い靴を脱いで、黒い靴下を丸めて靴の中に入れた。


 素足で歩く砂の上は想像していたよりもなんともなかった。痛いといえば痛いが、我慢するほどでもない。少年は、次の太陽の見えない日には、こうしようと決めていた。それを実行に移すだけだった。

 足の指にひやりとした冷たさが触れる。そっと。結局勢いよく駆け抜けて腰まで海水に浸かった。

 仰向けにぷかぷか浮いた。相変わらず太陽は隠れたままで、なんなら針のような細い水が落ちてきた。


「行こうよ、気の変わらないうちにさ」


 少年は自分に言い聞かせた。

 息を吸って、吐いて、また吸って、追いついていない身体を落ち着けた。


 少年は下へ下へと向かって泳いだ。人生で一番頑張った瞬間だと思った。泡が口から漏れてだんだん小さくなって体が震えてきた。

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