第7話 国家公務員アラト


「……っ、くそ……」


呻くように目を覚ますと、照明が容赦なくまぶたを照らしていた。

ソファで仮眠をとっていたアラトの顔を、隣に立つナツメがのぞきこんでいる。


「おはよう。うなされてたぞ、怪獣でも相手にしてたか?」


「変な夢を見てたんだ。……ありがと、起こしてくれて」


「昼休み終了。現実に戻ろうか、アラトくん」


ナツメは軽口を叩きつつ、隣のモニターに戻っていく。

アラトより数年先輩の彼女は、現場経験豊富な監査官だ。


アラトもシャツの襟を直し、席へと向かう。


ここはNIRO──国家情報観察機構。

高校卒業から大学を経て、新たは国家公務員に就職していた。

国民の記録データを監査・管理する中枢機関である。


アラトの所属するのは「個人情報監査室」。

担当業務は、民間に流通する**「サーフェス」と「メモリ」**の審査だ。


サーフェスは、行動や会話、位置情報など“外から見える記録”。

一方のメモリは、体験中に記録された感情や主観的な感覚──つまり“内面の記録”。


どちらも政府が保有する原本メモリをもとに複製され、市場に流通する。

そして、メモリを第三者に販売・提供するには、**「感情記録流通統制法 第18条」**に基づいた申請と許可が必要だ。


つまり、無許可でのメモリ販売は違法となる。


「……さて」


アラトはターミナルを立ち上げ、割り振られた審査案件を確認する。


「次、神田レイコ。72歳。亡夫との思い出のメモリ、販売先は──葬祭業者か」


内容と記録元を照合。問題なし。ボタン一つで承認が下りる。


隣ではナツメが、別の申請に眉をひそめていた。


「また“泣き崩れる女子高生”モノだよ。こっちは今日だけで五件目。どう考えても作り物くさい」


「それでも“需要”があるから、申請は通ってくる」


アラトは苦笑して言った。

どれだけ演技じみていようと、それが“本人の感情”である限り、

感情記録流通統制法 第18条に則っていれば、承認に問題はない。


──と、背後から重い声が響いた。


「アラト、ちょっと来い。確認してほしい案件がある」


振り返ると、上司の九重寛治がファイルを片手に立っていた。


「はい。何かトラブルですか?」


「民間ネットワークで、未認可のメモリが個人間でやり取りされている。複製元の端末情報が消えてる。外部改ざんの可能性が高い」


アラトはすぐに事の重大さを察した。


「……つまり、無許可販売、ですか」


「そうだ。感情記録流通統制法に違反してる。しかも、やり取りされたログの一部に強い情動反応が含まれていた。ナツメと一緒に一次調査に入れ」


「了解です」


ナツメが席を立ち、同期処理を始める。アラトもファイルを受け取り、自席に戻った。


ログの海の奥に、なにかが潜んでいる。

まだ正体も輪郭もわからない、しかし確実に、何かが。

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僕しか知らない彼女の秘密〜それ、駅前の自販機で売ってましたけど? @THEABAN

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