第6話 確信
決定的な出来事があったのは、数日前の放課後だった。
ユナは、教室の真ん中で男子数人に囲まれ、屈託なく笑っていた。
誰かが言った。
「ユナさ、前と全然違うよな。なんか……“売れた”アイドルみたい」
それに対し、ユナは、笑ってこう返した。
「前の私? そんなの、もう消しちゃったよ?」
──その言葉に、アラトは一瞬、呼吸を忘れた。
前の私は消した?
じゃあ、あの時アラトにだけ向けてくれた、あの弱々しい笑顔も、
誰にも見せなかった教室の片隅でのささやかな呟きも──
すべて「いらないから消した」というのか。
「……違う。ユナは、そんなこと言わない」
必死にそう思おうとした。
だがユナは、その言葉を確かに口にしたのだ。
目の前で、確かに。
—
市場では、ユナのメモリの売れ行きがとどまるところを知らなくなっていた。
「感情の濃度が異常」
「視点が綿密で生々しい」
「恋に落ちる瞬間が、まるで自分のことのようだ」
レビューは絶賛に溢れ、ネットランキングは常に上位。
まるでユナ自身が、誰もが欲しがる“商品”になったかのようだった。
けれどアラトには、どこまでいっても──違和感しかなかった。
その中のユナは、あまりに完成されていて、あまりに都合がよかった。
誰かを強く求め、純粋で、少し壊れていて──
誰もが共感し、愛したくなるような物語のヒロイン。
「……誰かが、メモリを改ざんしてる」
そこまで言葉にした瞬間、アラトの中で何かが決壊した。
これは、偶然じゃない。
これは、ユナ自身の意思でもない。
誰かが、彼女の記憶を都合よく“演出”している。
そう確信した。
そして、ふと思い出す。
あの日のユナの視線。
クラスで「キャラ変だね」と笑われたとき、アラトを一瞬だけ見て──
まるで“助けて”と言いたげに、けれど何も言えなかったあの目。
記憶じゃない。願望でもない。
あれは、真実だった。
アラトは、静かに端末を閉じた。
もう、目を逸らすことはできない。
自分が知っているユナは、壊されている。
そしてそれを止められるのは──
彼女の“本当”を、唯一知っている自分だけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます