第5話 疑惑

「あれは、本当にユナだったのか」



放課後の教室。夕日が斜めに差し込む静かな空間に、アラトは一人で座っていた。

手にした端末では、あるメモリが再生されていた。


それは──ユナの笑顔。

けれど、どこかが違った。


「……こんな笑い方、ユナはしなかった」


アラトの覚えているユナは、もっと不器用で、あたたかかった。

教室の窓辺で、他人の視線を気にしながらも、ふと見せた儚い笑顔。

何もかもがぎこちなくて、けれど心の奥まで沁みるような笑顔だった。


今、民間に出回っているユナのメモリは──

完璧で、感情の起伏が強く、まるで演技のようだった。

“誰かが作ったユナ”がそこにいた。


それは最初、小さな違和感だった。



最初の変化は、文化祭の前。


ユナがクラスの中心に立ち、演劇の主演に立候補したとき、アラトは耳を疑った。


「アラトくんも、出ようよ。主役って、楽しいよ?」


──そんなこと、ユナが言うはずがない。


彼女は人前が苦手で、演劇なんて絶対に無理だと、何度も口にしていた。

それが、まるで別人のように自信を持ち、軽口を叩き、男子にもよく笑う。


ユナの変化は、日に日に加速していった。


ある日は明るい髪に染めて現れ、別の日には男子の前で媚びるような態度を見せる。

「どうしたの、ユナ。キャラ変?」

誰かが笑ってそう言ったとき、ユナは少しだけアラトを見た。

けれどその目に、“知っている彼女”の面影はなかった。


アラトは静かに席を立ち、教室を出た。

胸の中で何かが壊れかけていた。


──本当に、あれはユナなのか?


でも、違うと言い切ってしまっていいのか。

もしかしたら、自分が勝手にユナを理想化していただけでは?

彼女はもともと、そういう明るい一面も持っていたのかもしれない。

自分が気づかなかっただけで、ユナの“本当”を見ていなかっただけでは……?


そんな考えが、アラトの胸を静かに蝕んでいった。



だが、その頃──ユナのメモリが市場で爆発的に流通し始めた。


「感情の揺らぎが濃い」

「視点が繊細で、リアル」

「純度が高く、没入感が異常」


ユーザーたちの絶賛が、ネットを駆け回った。


──でも、アラトにはどうしても腑に落ちなかった。


彼女はそんなふうに泣いただろうか?

こんなふうに、誰かを強く求めるような恋をしただろうか?


「……違う。これは、ユナじゃない」


呟いた声は、誰にも届かない。

いや──ユナにさえ、届かない。


メモリの中のユナは、笑い、泣き、恋をしていた。

けれどそれは、まるで“理想化されたユナ”のようだった。

どこか作り物めいていて、嘘のように美しい。


──まるで、誰かが、書き換えているみたいだ。


アラトの心に、ひとつの仮説が浮かぶ。


ユナのメモリは、改ざんされている。

それも、彼女自身が自分の意思でやったものではない。

もっと大きな──不可解な力が、背後にある。


アラトの背筋に、冷たいものが走った。

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