風の便り屋さん
海沿いの小さな町に、一軒の「便り屋」がありました。
看板には、手書きの文字でこう書かれています。
「届けます。心のまんなかへ」
店主はサナ。白いショールをまとった、静かな女性。
歳は誰も知らないけれど、背筋がまっすぐで、目がとても澄んでいました。
この「便り屋」では、封筒や紙を選び、想いを伝える手紙を一緒に作ってくれるのです。
だけど、宛先は少し変わっていて。
「行き先のない手紙」
「まだ出せない手紙」
「もう会えない人への手紙」
…心のどこかに引っかかっている言葉を、受け取ってくれる場所でした。
ある日、10歳くらいの男の子が店にやってきました。
ランドセルの肩がずり落ちて、手にはくしゃくしゃのメモ。
「ここ、手紙かいてくれるとこですか」
サナはうなずいて、やわらかい紙と鉛筆を出しました。
男の子は少し考えてから、こう言いました。
「おとうさんに、言いたいことがあるんですけど、もう、いなくなっちゃってて…」
しばらく黙って、ぽつぽつと話しはじめました。
「ボクが悪い子だったから、家、出てったのかなって思ってて。なんか、ずっと言えなかったんです」
サナは、優しくうなずきました。
「じゃあ、言えなかったことを、書いてみようか。紙は、ぜんぶあなたの味方よ」
男の子はしばらく鉛筆をにぎり、そして少しずつ、言葉を紙に落としていきました。
書き終えたとき、彼の目から涙がぽたりと落ちました。
サナは、封筒に手紙を入れ、封をし、窓を開けました。
「風に届けてもらいましょう。あの人の心のまんなかへ」
その日、手紙はひとつ、空へ舞いあがりました。
「風の便り屋」には、日々いろんな人がやってきます。
言えなかった「ごめんね」。
言いそびれた「ありがとう」。
自分に宛てた「大丈夫」。
誰にも見せなかったその言葉たちは、サナの手で一つひとつ封をされ、風にのって届けられていきます。
町の人は、誰もが少しずつ軽くなっていきました。
顔を上げて歩けるようになったり、ふと笑えるようになったり。
それはたぶん、自分の言葉をちゃんと送り出せたから。
サナは今日も窓を開けて、小さな封筒を風にのせながら、そっとつぶやきます。
「言葉は、羽になる。届かない場所なんて、本当はないのよ」
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