第四章:仮面のレコードプロデューサー
「イカ天出られることになった!」
雷の顔がパッと晴れていた。放課後、ギターケースを背負ったままの彼が、ライブハウスの楽屋まで駆け込んでくる。
「えっ、本当に?」
「本当本当!しかも……もし勝ち抜いたら、あのXさんがプロデュースしてくれるってさ!」
その名を聞いた瞬間、中川の胸が強く脈打った。
あの仮面の男。未来の名曲を自作のように世に出す、謎のプロデューサーX。
雷の成功は本当に嬉しい。しかし、その裏で動く黒い影の正体が、今こそ明らかになるかもしれない。
「なあ、収録……ついて行ってもいい?近くで応援したい」
「もちろん!心強いよ、大哉!」
イカ天収録当日
ライブハウスの空気は、熱気と緊張に満ちていた。
雷のバンド「すにーかーず」は、エネルギーに満ちたパフォーマンスを披露し、観客と審査員の心を掴んだ。
だが――Xの姿は、なかった。
期待していた中川は、ほんの少しだけ肩を落とす。
しかし、結果は良かった。雷たちは合格し、デビューが決定したのだ。
帰り際、雷が手にした一枚のカセットテープ。
「これ、Xさんがくれたデモ。俺たちのデビュー曲候補だって!」
再生ボタンを押すと、スピーカーから流れてきたのは――
♪ 唇に奪われた あの愛の蜃気楼の中で…
「これ……GLAYの『口唇』だ。1997年のヒット曲。ここは……1989年。」
曲調はやや違う。テンポも少しだけ早く、アレンジもされている。だが――メロディラインは間違いなく、あの曲だ。
「これは、チャンスだ……!」
レコーディングスタジオにて
雷の希望で、中川はレコーディングにも同行することになった。
「大哉がいてくれると、落ち着くよ」
「任せろ、サウンドチェックもちゃんと聴くからな」
スタジオの防音扉を開けた瞬間、そこにいた。
黒ずくめのスーツ、仮面、沈黙――
プロデューサーX。
ついに、現れた。
「……はじめまして」
Xの声は低く、そして妙に落ち着いていた。
中川はすかさず、言葉を投げる。
「雷の友人です。デモテープ、聴きました。いい曲ですね。でも……どこかで、聴いたことがあるような気がするんですよね」
空気が、ほんの少しだけ変わった。
仮面の奥で、目が細くなったような気がした。
だがXは、柔らかく微笑むように言った。
「ありがとう。君の時代には、少し古いのかもしれないね」
その瞬間、中川の背中に冷たいものが走った。
“僕の時代”――?
Xは、知っている。
中川が、未来から来た存在だということを。
「大哉もバンドやってるんですよ!今度ぜひ聴いてあげてください!」
雷の無邪気な声が、スタジオに響いた。
中川は一瞬、嬉しさと戸惑いが交錯した。Xに自分の演奏を聴かせること。それは危険でもあり、チャンスでもあった。
「少し待っててくれるかな。大哉くんと、少し話がしたいんだ。」
Xはそう言って、中川を別室に案内した。スタジオ奥の会議室。誰もいない、薄暗い空間に、2人だけがいた。
Xは無言で椅子に座ると、ゆっくりと語り始めた。
「君は何年から来たのかな?」
その問いに、中川は目を見開いた。
「僕は2035年から来た。君たちが僕を調べているのは知っている。でも、無駄だよ。僕は、自分の時代では無名な、ただのフリーターだった。」
中川は、躊躇いながら口を開いた。
「……目的は、何ですか?」
Xはしばし黙り、そして静かに語った。
「僕の時代の音楽は、すべてAIによるものだった。作詞も作曲も演奏も、ボーカルさえも。
感情も揺らぎもない、完璧すぎる機械の音。多くの若者たちはそれを『かっこいい』と絶賛した。
でも僕には、響かなかった。どこか、空虚だった。」
Xの声には、少しだけ震えがあった。
「人間の生の歌声――魂がこもった音楽が、聴きたかった。けれど、僕の時代には、もうそんなものはどこにもなかった。だから……この時代に戻った。
初めて来たとき、偶然見かけた路上ライブ。2人組の青年たちに声をかけて、未来のヒット曲を一緒に演奏した。
僕が歌い、彼らが演奏した。観客が増え、彼らは喜んだ。感動があった。震えるような――それが欲しかったんだ。」
「盗作したことについては……何も思わなかったんですか?」
中川の問いに、Xはゆっくりと首を傾げた。
「盗作?誰がそれを指摘する?この時代にはまだ存在しない曲ばかりだ。著作権もない。
それに、ただ曲を出したいんじゃない。魂がこもった音楽が、この時代の空気の中で鳴る瞬間――それを体験したかった。
僕の時代にこの感動が戻ればいいと、心から思った。」
「でも……こんなに早く未来のヒット曲を世に出してしまったら、未来が変わってしまうかもしれない。それでもいいんですか?」
中川の声は、少し熱を帯びていた。
Xは少しだけ笑った。仮面の下の顔は見えない。
「変えたかった。僕の人生を。」
Xはぽつりぽつりと、過去を語り始めた。
「バンドを組んでいた。メジャーデビューの話も、一度だけ出た。けど……メンバーの不祥事で立ち消えた。
それからは、何をやっても上手くいかなかった。音楽で食べられず、バイトばかり。40を過ぎても、未来の見えない日々。
笑えるだろ?挫折ばかりの人生だったんだ。」
中川は、何も言えなかった。
「そんな時、バイト先の常連客が話しかけてきた。科学者で、元教師だと言っていた。
『君の目が、かつての教え子に似ていた』って。話すうちに、そいつが言ったんだ――“タイムマシンの試作品に乗ってみないか?”って。」
Xの声が少しだけ遠くなった。
「“人生を変えてみたいだろ?”……その一言に、乗ってしまった。
行く先に絶望しかないと思っていたから。」
中川は、胸の奥が苦しくなるのを感じた。
Xは確かに“盗人”だ。しかし、ただの悪人ではなかった。
失われた人生を悔やみ、過去にすがるしかなかった哀しき未来人。
だが、だからといって――未来の音楽を盗むことが、許されてよい理由にはならない。
中川は、目を閉じ、言った。
「……それでも、あなたのしていることは、間違ってます。」
Xは、それ以上何も言わなかった。仮面の奥の瞳だけが、中川をじっと見つめていた。
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